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【日本の創薬技術と世界】第4回 多発性硬化症(その2)

2009年04月01日 (水)

多発性硬化症の治療の現状と課題

 前回は、多発性硬化症について、病気の概要や診断方法についてお話しました。今回は、治療の現状や課題についてお話します。

多発性硬化症の中、進行性多発硬化症が45%

 前回述べましたように、多発性硬化症(MS)には、病状が内部で進行しているが症状が出ない潜伏期と、再発と寛解が繰り返す病状(再発寛解型(Relapsing Remitting MS:RR-MS型)、再発と寛解を繰り返しながら徐々に病状が進行し、寛解期が短くなり寛解期でも種々の神経疾患が混在する病状(二次進行型;Secondary Progressive MS:SP-MS型)、さらに、初期から長期にわたり病状が持続進行する病状(一次性進行型(Primary Progressive MS:PP-MS型)があります。下図は、それぞれ病状を持つ患者の割合を示しています。症状が表れてから病院にいき多発性硬化症と診断されて始めて治療を受けるため、潜伏期の患者は治療の対象になりません。そのため、治療に訪れる患者の過半数(55%)がRR-MSの患者で、ついでSP-MSの病状を示す患者(35%)、PP-MS病状の患者(10%)となっています。

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多発性硬化症の治療方法の現状

 多発性硬化症の全経過中にみられる主たる症状は、視力障害、複視、小脳失調、四肢の麻痺(単麻痺、対麻痺、片麻痺)、感覚障害、膀胱直腸障害、歩行障害等などがあることは前回述べましたが、上述したように、多発性硬化症には、再発・寛解型(RR-MS)と、再発寛解を繰り返しながら病状が悪化していく二次性進行型(SP-MS)、最初から病状が進行していく一次性進行型(PP-MS)に分けられ、それぞれの病状に適した治療法が採られています。

 一般的な治療は、再発を防止し寛解期を長くするような治療と、体の各障害に対する対症療法、リハビリテーションによる機能回復、再発を防止するための生活習慣の改善などが行われます。再発期には、ステロイド療法により症状を抑えるとともに、痙縮、神経性膀胱、有痛性強直性痙攣、発作性徴候などの症状により、中枢性筋弛緩薬による痙攣発作の緩和や、神経膀胱には、回復期に無抑制性が出る場合には膀尿失禁薬などが対症療法的に用いられます。

 また、多発性硬化症の回復期から慢性期にかけては、機能回復のためのリハビリテーションも重要な治療法となっています。また、多発性硬化症の再発を促進する因子として知られているストレスや過労、感染症などを回避するようにすることも重要です。

再発を予防し、寛解期を延長できる薬の登場

 現在、多発性硬化症の進行を確実に抑制する薬は開発されていませんが、再発を抑制し、寛解期を延長できる薬が登場してきました。特に、インターフェロンβの登場は画期的でした。

 インターフェロンは抗ウイルス作用があるため、ウイルス性疾患の治療薬として登場しましたが、ウイルスの感染が多発性硬化症の発症の誘引になっているのではないかと考えられ、1987年から多発性硬化症の再発予防薬として、インターフェロンβ(IFNβ-1a:Avonex)の開発が始まりました。その結果、Avonexに「身体機能障害の持続的悪化を遅延し再発率を減少させる」効果があることが立証され、1996年5月に米国、1997年3月に欧州でそれぞれ承認されました。日本では、2006年7月にアボネックスが「多発性硬化症の再発予防」薬として承認されました。その後、BetafseronやReliefといったインターフェロンβも米国や欧州で相次ぎ承認され現在に至っています。

 現在、欧米では、ABCRと呼ばれる薬が第一選択薬として用いられていますが、ABCRとはインターフェロンβ(Abonex(A)・Betaseron(B)・Rebif(R))と免疫抑制効果のあるCopaxone(C)の頭文字を綴ったものです。これらの薬が、多発性硬化症の再発予防に有効な治療薬として登場し、再発寛解型(RR-MS)の患者にとって福音となりましたが、45%の進行性の病状を示す患者(SP-MS、PP-MS)にはあまり効果が認められていないのが現状です。

抗体医薬の登場

 最近、タイサブリ(ナタリズマブ)と呼ばれる抗体医薬が登場してきました。この薬は、α4インテグリンという接着因子を標的としたモノクローナル抗体医薬です。α4インテグリンが白血球を炎症部位へ誘導し、白血球と結合することにより炎症が生じますが、α4インテグリンを特異的に阻害し、白血球とα4インテグリンの結合を抑制することにより、クローン病や多発性硬化症などの炎症を抑制できると考え開発された薬です。多発性硬化症では、インターフェロンβを凌ぐ高い有効性が認められ注目されています。特に、作用機序の異なるインターフェロンβとの併用により、有効率が高まることが期待されています。

 一方、タイサブリを用いた患者でPML(進行性多病巣性白質脳症)が発症する副作用が報告され複数の死者を出しました。そのため、一時販売中断の措置も検討される事態となっています。次回の新しい多発性硬化症の記事でご紹介しますが、タイサブリが高い有効性を示したことから抗体医薬が注目され、より副作用の少ない医薬の開発競争が始まっています。

現状の治療薬の課題

 インターフェロンβやコパクソン、タイサブリといった治療効果のある薬が登場してきましたが、有効性が認められているのは、RR-MSと呼ばれる再発と寛解を慢性的に繰り返す病状を持つ患者のみです。多発性硬化症の35%を占めるSP-MSや、全体の10%程度の重篤なPP-MSの患者には効果がよくありません。

 進行性の多発性硬化症に対して治療効果が認められているのは免疫抑制剤シクロホスファミドですが、シクロホスファミドは強い免疫抑制剤であり、白血球減少、脱毛その他の副作用が強く、その使用には慎重な取り扱いが必要です。多発性硬化症は、神経を保護している神経髄鞘の蛋白質を自己蛋白以外の異物と判断する自己免疫疾患ですので、進行性の多発性硬化症に対しては免疫抑制剤の使用が有効であることは推測されますが、長期に免疫抑制効果のある薬を使用し続けることについては、やはり懸念があります。

 現在、欧米で第一選択薬として用いられている治療薬ABCRについては、いずれも注射薬です。多発性硬化症は長期にわたりいろいろな治療が必要な病気ですので、できれば、経口薬が望ましいと思われます。また、長期に服用することから、安全な薬が求められます。多発性硬化症は、がんなどのように死亡率が高い疾患ではありません。長期にわたり症状を緩和し、再発がないように管理していく病気です。そのため、リスク・ベネフィットの概念から言っても、次世代の多発性硬化症の治療薬は、安全性が高い経口薬といえると思います。また、RR-MS期だけではなく、進行性の多発性硬化症にも有効な薬の開発が求められます。日本では、患者数が少ない病気ですが、欧米では多くの患者がいる病気で、治療薬も8000億円を超える市場を形成しています。そのため、世界中で、より安全で有効な薬の開発競争が行われています。次回は、どのような概念の薬が開発中なのか、また、それによりどのように治療法が変わるのかをお話したいと思います。

連載 日本の創薬技術と世界



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