大学病院の救命救急センターに精神科医を常勤配置することによって、自殺未遂で救急搬送された患者の再自殺を予防できる可能性が、都内で開かれた第3回日本うつ病学会で、河西千秋氏(横浜市立大学精神医学)から報告された。自殺企図の既往は、その後の自殺の最大危険因子とも言われており、精神科医の介入が自殺を予防できるのではないかと取り組みが進められてきた。今後、河西氏らはかかりつけ医、精神科クリニックなど、地域との連携を深めながら地域全体の包括的なサポートシステム確立を目指したい考えだ。
わが国では1998年には自殺者数が30%以上も激増して3万2000人を超えた。それ以降、毎年3万人を超え、改善される兆しは見られていない。日本の自殺率は先進国の中でも最悪水準で、様々な対策が取られているところだ。こうした中、河西氏らは2003年から横浜市立大学精神医学教室、高度救命救急センターの密接な連携による自殺予防活動に取り組んできた。救命救急センターで取り組む理由に、自殺企図者の多くが救命救急センターを受療することが挙げられる。自殺未遂の既往は、自殺の最大の危険因子と考えられており、それだけに救命救急センターを拠点にした自殺予防活動は、実効的な自殺予防につながると期待されている。
実際、自殺企図者の約45%に自殺企図歴があるとされ、自殺企図を含む自傷行為を行った人の0.502%が1年後に自殺し、9年後には5%が自殺に至ることが報告されており、最終的には自殺未遂者の5010%が自殺に至ると言われている。米国の研究では、1人の自殺に対して10018倍の自殺未遂者が存在していることが分かっている。
横浜市立大学病院でも、救命救急センターに搬送される患者の15020%以上が自殺企図者とされ、年間2000230人に上る。河西氏らは、大都市圏の自殺に関する調査・予防研究が不足していることなどから、大学病院における自殺予防活動を開始した。
同院では、2000年から救命救急センターが稼働したが、年間100人を超える救急患者が精神科を併診する実態が見られ、社会的にも自殺問題は深刻化する一方であった。そこで02年から自殺予防研究チームが立ち上げられ、03年には自殺未遂患者の継続調査がスタートした。このなかでは精神科治療が導入され、05年には救命救急センターに精神科医が常勤配置されることになった。
救命救急センターに自殺企図者が搬送され、蘇生・回復した人(自殺未遂者)に関しては、精神科医が危機介入を実施。精神医学的な評価、診断を行った上で、治療を導入している。また心理社会学的な評価も合わせて行い、生活状況の改善に向けたケースマネジメントも行い、退院、転院の運びとなる。河西氏は、精神科医の常勤によって、自殺未遂者に直接アプローチできると指摘。それにより直接の介入や調査、アセスメントが可能となるため、効果的な対策を考案し、実施できるメリットがあるとしている。
実際、同院に搬送された50060代の自殺企図者の80%以上が精神疾患を罹患しており、そのうち46%が気分障害(うつ病など)、11%が統合失調症、9%が適応障害などであった。しかも、特にこの年代の男性は、確実に自殺に至る傾向が強いという。この成績から、河西氏は「(自殺予防には)うつ病対策だけでは不十分」と述べた。一方、自殺企図者の動機についてみると、病気・身体問題が最も多く22%だったが、その他にも家庭問題、対人関係、金銭問題など、83%の人が様々な動機を持っていることが分かった。先行研究によると、約90%の人が精神疾患を持った状態で自殺をしているが、同時に様々な悩みを抱えている実態も明らかになっている。
精神科医が救命救急センターに配置されたことで、このような複雑な背景を持つ自殺企図者への対応が的確かつ迅速になったという。
厚生労働省と精神・神経科学振興財団でも「自殺防止対策戦略研究」をスタートさせた。研究は、地域介入研究と救急介入研究の2つのプロジェクトから成り立っている。特に救急介入研究(ACTION-J)では、自殺企図が自殺既遂に関して最大の危険因子であることから、救命救急センターを受診する自殺企図者を対象に精神医学的評価を行い、有効な対策を打ち出していくことにしている。
ACTION-J研究班では、複合的なケースマネジメントを行い、さらに地域の医療システムと連携した包括的なサポートシステムの確立を目指していく考えで、河西氏も「救命救急センターと地域の相互関係を強化することで、精神科クリニック、かかりつけ医など地域が自殺企図者や家族を中心にサポートしていくシステムに近づけていきたい」と意欲を語った。