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癌のウイルス療法が進展”膵癌でも有効性

2008年11月13日 (木)

 癌のウイルス療法研究が進展してきた。膵癌患者を対象に、変異単純ヘルペスウイルス「HF10」を用いた臨床研究では、生存日数を180日以上延長させるとの成績が得られている。粕谷英樹氏(名古屋大学医学部消化器外科)が先の日本癌学会で報告したもので、問題となるヘルペス抗体量の増加も見られなかった。「HF10」については、既に進行再発乳癌を対象とした臨床試験も行われており、完全寛解が得られるケースもみられている。膵癌でも有効性が確認されたことから、研究はさらに加速しそうだ。

変異型HSV「HF10」に期待

 単純ヘルペスウイルス(HSV)などの癌溶解性ウイルスは、強い細胞変性作用を持ち、経時的に癌細胞を破壊しながら増殖する。中でもHSVは、ヒトのほぼあらゆる種類の細胞に対して感染可能なことや、アデノウイルスなどに比べて感染効率がよいこと、ゲノムの全塩基配列が解明されていること、増殖を抑制する抗ウイルス薬が存在することなどから、様々な変異HSVを利用した臨床研究が、世界的に進められている。

 ただ、中枢神経病原性に関連した遺伝子を不活化した変異株を用いた臨床研究では、安全性は得られたものの、病原性を抑えて弱毒化を図った分、抗腫瘍効果も弱く、期待されたほどの成果は得られていなかった。

 そこで粕谷氏らは、従来の弱毒化した変異HSV以外にも、異なった弱毒化機序をもち、より有効性が高く、安全性も確保できる変異HSVがあるはずだと検討。人為的な遺伝子操作を行っていない自然発生的な変異HSVのHF10を選択して研究を進めてきた。

 HF10は、ゲノムL領域の両端に大きな欠損があって、変異の安定性が高く、アクセサリー遺伝子であるUL56、UL55、UL43、UL49.5、LATの発現が欠損していることも分かっている。また、正常細胞のウイルス排除機構の一つであるプロテインキナーゼR(PKR)に対し、阻害作用を持つウイルス遺伝子産物領域も欠けていることが分かっている。

 一般に、正常細胞はPKR活性を持っているが、癌細胞ではRasの変異などでRas経路が活性し、PKR活性が阻害されている状態になっている。そのため、HF10はPKR活性のある正常細胞には感染しにくく、Ras経路などに異常があり、PKRが阻害されている癌細胞では、選択的に感染するという特徴がある。

膵癌:CA19-9が急激に低下

 粕谷氏らは、動物実験など基礎的な研究を通して、HF10が有用との成績が得られたことから、再発性乳癌患者6例、外科的切除不能膵臓癌患者6例、再発性頭頸部癌3例を対象にした臨床研究を行った。安全性確保の観点から対象患者は、HSVが1時間程度で不活性化されることが確認されているHSV抗体陽性患者とした。

 研究では、HF10を癌細胞に局注し、癌細胞の体積や安全性などが評価された。15例を対象にHF10を接種量を増量する検討も行われたが、ウイルスに起因するような副作用は確認されなかった。

 切除が困難な膵臓癌患者を対象とした臨床研究では、開腹後に癌の位置を超音波診断装置で確認した上で、304カ所の癌細胞に局注し、注射部位にカテーテルを埋没させ、術後2日間、カテーテルを利用して局注する方法がとられた。接種後27日目に有効性などを評価した結果では、6例中5例での生存が得られており、特に3例の患者では180日以上、生存していた。また、膵癌の特異的マーカーであるCA19-9が急激に低下することも確認された。

 その成績を踏まえて粕谷氏は、HF10が「継続的に生体内で癌細胞を攻撃していると考えおり、CA19-9が低下する症例では生存日数がさらに伸びるのではないか」と報告した。

 死亡例を剖検した結果でも、膵癌部位に、ウイルス療法の特徴の一つである癌細胞の溶解・融合した所見が見られ、殺癌細胞効果が認められている。さらに、癌細胞内でのHF10の感染力を評価した結果では、接種後258日の症例でも、HSV抗体染色で存在が確認されることから、癌細胞が存在すれば定量的に感染する可能性が示唆されている。

乳癌:完全寛解導入例も

 乳癌患者では1回または3日間の連続局注を行い、表層の組織を採取する方法で検討された。その結果、病理学的評価からグレードIIIを示した症例では、癌細胞が消失し完全寛解状態が得られている。また、各種治療抵抗性の乳癌症例でも、10日後に癌サイズが30%縮小したケースがあった。

 病理学的な評価では、癌細胞が広範囲変性していることが確認されたほか、14週間後にHF10を蛍光標識したところ、広範囲の染色が確認されたことから、HF10は持続的に抗癌効果を発揮していることが示唆されている。

 癌細胞消失後の病変部を評価した結果でも、組織の繊維化がみられており、癌細胞が溶解・融合したような所見も認められている。粕谷氏は「病理的に、抗癌剤や放射線照射ではみられない組織変化だ」と考察した。

 頭頸部癌患者では、HF10を3日間連続投与し、約2週間後に癌組織を標本として切除し、病理学的に検討した。

 その結果、2週間後にHF10が癌細胞内に存在することが認められたほか、CD4陽性リンパ球、CD8陽性リンパ球が癌細胞に浸潤していることが確認された。

 副作用については、いずれの癌種でも感冒様症状の発現、ウイルスによる白血球やCRPの変動、高熱がみられなかった。

今後は治療遺伝子導入も

 癌のウイルス療法では、腫瘍免疫系の賦活化も期待されている。ウイルスが細胞内に侵入した後、表面抗原としてウイルスが発現し、抗原提示性マクロファージなどによって誘導されたCD4陽性リンパ球、CD8陽性リンパ球が癌細胞内に侵入し、宿主の抗腫瘍免疫が惹起されることが分かっており、それをさらに高めるような方策も検討されている。

 特にHF10の場合、遺伝子のサイズが大きく非必須遺伝子が多いことから、外来性遺伝子を導入しやすく、様々な特性を追加したウイルスを作製することができる。そのため、GM-CSFなどのサイトカインをはじめ、プロドラッグの活性化酵素遺伝子を組み込み、腫瘍溶解活性や腫瘍免疫をさらに高めることが考えられている。実際、動物実験では腫瘍免疫も誘導されることが確かめられており、研究はさらに発展しそうだ。

 粕谷氏は、研究の現状を踏まえて「HF10は、強い腫瘍溶解性を示す一方、重篤な副作用も確認されていない。また、局注段階ではHSV抗体価の上昇もみられず、繰り返しての利用も可能だと考えられる」とし、それだけに応用性は広いと報告した。

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