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【SGLT2】糖尿病の新たな治療標的に”大阪大学教授・金井好克氏に聞く

2008年10月23日 (木)

阻害剤開発で世界的な競争激化

金井好克氏
金井好克氏

 糖尿病治療薬として、SGLT(ナトリウム依存性グルコース輸送担体)2阻害薬の研究開発が世界的に活発化している。SGLTは、生体内のグルコース取り込み機構の一種で、細胞内外のナトリウム濃度差を駆動力として、グルコースを細胞内に取り込むことが知られている。サブタイプとして、主に小腸と腎臓の近位尿細管に発現するSGLT1、主に腎臓の近位尿細管に発現するSGLT2、および悪性腫瘍や小腸の神経細胞に発現するSGLT3の存在が確認されている。特にSGLT2が、近位尿細管における原尿中のグルコースの再吸収の主役であることが明らかになっており、その阻害が糖尿病治療に結びつくと、開発競争が激化している。SGLT2を同定した金井好克氏(大阪大学大学院医学系研究科生体システム薬理学教授)にSGLT2の生体内での役割やSGLT2阻害薬の特徴などについてお話を伺った。

表:SGLT2阻害薬の開発状況(PDF)

グルコースを再吸収”高血糖の維持に関与

 ――はじめに、SGLT2同定の経緯について、教えていただけますか。

 金井 1987年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)で、ナトリウム依存性のグルコーストランスポーターがクローニングされました。この時に同定されたのは、小腸の管腔側に存在するSGLT1でしたが、そのほか腎臓には、グルコースに対する親和性やナトリウム依存性などが異なる別のトランスポーターの存在も示唆されていました。

 そこで、SGLT1と相同性のある配列を持つcDNAを腎臓からクローニングし、それらのmRNAをアフリカツメガエルの卵母細胞に発現させて、グルコースの取り込みについて評価しました。その結果、第二のナトリウム依存性グルコーストランスポーターを見出し、SGLT2と命名しました。SGLT2の性質をまとめて論文として発表したのは、94年です。

 ――生体内で、SGLTはどのような役割を担っているのでしょうか。

 金井 SGLTは消化管や腎尿細管などの上皮細胞の管腔側に存在して、グルコースの吸収に関わっているものと、小腸の神経細胞や腫瘍細胞に発現するタイプがあります。後者については、グルコースの輸送をせずに、むしろグルコース感知機構(グルコースセンサー)として働くという説も示されていますが、その役割は明らかにされていません。

 前者が体内へのグルコースの吸収に働くものですが、小腸や腎尿細管からグルコースを吸収するためには、上皮細胞層を介してグルコースを輸送する必要があります。上皮細胞の管腔側の膜に存在するのがSGLTです。グルコースが管腔側の膜を通って上皮細胞内に入るためには、濃度勾配に逆らって輸送されなければなりません。そこで、ナトリウムの取り込みと連動させることで、グルコースを細胞内に取り込んでいます。

 ナトリウムは、細胞内濃度が低く細胞外濃度が高いため、細胞の外から内に向けて強い勾配があり、ナトリウム依存性トランスポーターは、これを駆動力とすることで、濃度勾配に逆らってグルコースを細胞内に取り込むことができます。

 SGLTによって上皮細胞内にグルコースが取り込まれ、上皮細胞内のグルコースが上昇するため、上皮細胞内の血管側の膜にある受動輸送タイプのグルコーストランスポーター(GLUT)を介し、濃度依存的に血中にグルコースが放出されます。

 このようにして、上皮細胞層を介するグルコースの体内への吸収が行われています。

近位尿細管で高発現”二つのサブタイプが存在

 ――SGLTのサブタイプは、それぞれどのような機能の違いがあるのでしょうか。

 金井 グルコースの吸収に関わるSGLTのサブタイプとして、小腸と腎臓の近位尿細管に発現するSGLT1と、腎臓の近位尿細管にのみ発現するSGLT2の存在が確認されています。

 これらは、ナトリウムとのカップリングの比率が異なり、SGLT1が二つのナトリウムイオン、SGLT2が一つのナトリウムイオンと連動させてグルコースを輸送します。対をなすナトリウムイオンが増加することで、相乗的にグルコースの吸収能力が向上します。

 また、SGLT1はグルコースに対して高親和性であるのに対して、SGLT2は低親和性です。

 SGLTによるグルコースの吸収に伴い、グルコースと共に細胞内にナトリウムが入りますが、これはナトリウム‐カリウムATPaseにより、エネルギーを消費して細胞外へ排出されます。一つのグルコースの吸収に一つのナトリウムイオンが細胞内に入るSGLT2は、二つのナトリウムイオンが細胞内に入るSGLT1に比べて、細胞内に入ったナトリウムイオンを排除するために消費するエネルギーが、小さくて済むというメリットがあります。

糖尿病ではフル回転”健常者の稼働は数割

 ――腎臓におけるSGLTのサブタイプの役割はどのように違うのでしょう。

 金井 近位尿細管の起始部にSGLT2、後半部にSGLT1が存在します。

 SGLT2はグルコースに対する親和性は低いものの、グルコースが最初に流入する近位尿細管起始部に高発現しているため、大量のグルコースがSGLT2により再吸収されます。

 また、SGLT2と共役するナトリウムイオンは一つだけなので、細胞内に入ったナトリウムイオンを排除するのに必要なエネルギーも小さく、SGLT2によって多くのグルコースが吸収されることは、経済性の面からも理にかなっています。

 SGLT2で再吸収しきれなかったグルコースは、高親和性であり、しかも二つのナトリウムイオンと連動することで吸収能力の高いSGLT1で、完全に再吸収し尽くすという2段構えの機構となっています。

 SGLT2やSGLT1が遺伝的な変異によって機能が低下すると、腎臓におけるグルコースの再吸収量が低下し、血糖値が正常範囲内にあっても尿糖が確認される、いわゆる腎性糖尿病が発生することが確認されています。

 腎臓においてはSGLT1に比べ、SGLT2の方が圧倒的に高発現しており、SGLT2が腎臓におけるグルコース再吸収を担う主要なトランスポーターです。

 ――糖尿病発症時のSGLT2はどのようなパターンを示すものですか。

 金井 健常者では、糸球体から近位尿細管へ流入するグルコースの濃度が低いため、SGLT2のうち数割程度しか働いていない状態です。すなわち、かなりの余力を残した状態にあります。しかし、糖尿病の患者では、高濃度のグルコースが近位尿細管へ流入するため、SGLT2がフル稼働しますが、それでも再吸収できない部分が尿糖として尿中に排泄されます。

 このSGLT2による大量のグルコース再吸収が、高血糖が維持されることの要因となるため、SGLT2阻害薬は、糖尿病の治療薬として有望となると考えられます。実際、複数のSGLT2阻害薬の開発が全世界で進められています。

血糖値、合併症を改善”少ない副作用リスク

 ――SGLT2阻害薬の特徴は。

 金井 SGLT2阻害薬は、近位尿細管におけるグルコースの再吸収を抑えるため、尿中へのグルコース排泄量を増加させ、血糖値を低下させます。

 糖尿病の検査所見の一つである尿糖は上昇するものの、高血糖による種々の障害を改善します。さらに、血糖値の低下によって、疲弊した膵臓ランゲルハンス島β細胞の負担を低下させ、分泌能力を回復させることも可能です。

 実際、SGLT2阻害薬を糖尿病モデルマウスに投与した結果、血糖値が下がり、インスリン分泌能も回復し、合併症も改善することが確認されています。

 現在、腎臓以外でSGLT2が高発現している臓器は確認されていません。そのため、重篤な副作用が出現する可能性は低いと思います。

 また、健常者では、SGLT2のうち数割程度しか働いていませんが、糖尿病の患者では、高濃度のグルコースが近位尿細管へ流入するため、SGLT2がフル稼働しています。そのため、適量の阻害薬を用いれば、健常者の血糖値には影響せずに、生体にとって必要なグルコース再吸収能を残してSGLT2を部分的に阻害でき、高血糖者の血糖値を下げる効果が期待できます。

 これまで、抗うつ薬や利尿薬などトランスポーターを標的とした治療薬が開発されてきましたが、いずれも薬効が先行し、トランスポーターが標的であることは後に明らかにされています。

 しかし、SGLT2阻害薬は、標的となる遺伝子が同定された上で、それを標的として治療薬が開発されるという、いわゆるゲノム創薬的な方向性で確立された薬物です。

 主要なトランスポーター遺伝子の同定が完了した今、このようなストラテジーに則ったトランスポーターを標的とした創薬研究が、より多くの成功を収めるものと期待されます。

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