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【被験者リクルートメントの現状と課題】治験情報が欲しい患者には、それに応える提供体制を‐癌患者の立場から

2017年03月29日 (水)

ワンステップ
長谷川一男氏

長谷川一男氏

 長谷川一男さんは、7年前に進行性の肺腺癌として告知を受け、余命10カ月と宣告されながらも、今も闘病生活を続けている。当時は肺癌患者が集う場所がなく、患者だからこそ持ち得る“知”を継承していく枠組みをつくりたいという思いで2015年に立ち上げた肺癌患者の患者会「ワンステップ」には、600人弱の登録者が集まり、患者同士が交流し、最新治療の情報を共有する場になっている。目指している場所は、患者自ら医療のリテラシーを身につけ、医療者からの情報を待つ受け身の行動ではなく、治療方法を目利きできる“患者力”の底上げだ。長谷川さんは、患者側から見た国内治験の問題点として、「肺癌の治療成績が向上し、治験を治療の一環として情報を収集しようと考える患者が増える一方、製薬企業・医療機関側から患者への治験に関連した情報提供が少ないのではないか」と指摘する。治験検索サイトも海外に比べ、「検索しづらく、患者向けにつくられていない」と改善を訴える。

余命10カ月の癌宣告‐「頭の中が真っ白に」

 ――癌告知から現在の状況を教えて下さい。

 10年2月25日に救急病院に担ぎ込まれました。尋常ではない咳が出て、普通は寝込んでいたら具合は良くなっていくはずが、どんどん状態が悪くなるばかりでした。そのうち右の首筋が腫れてきて、なんだかおかしい、という話になって救急病院に運ばれました。

 普通にかぜだと思っていましたから、癌を告知されたときには晴天の霹靂というか、頭が真っ白になったことを覚えています。緊張状態で医師が自分にどういうことを話したか、頭に入ってきませんでした。不運なことに診断結果は、腺癌ステージ4、EGFR変異型の非小細胞肺癌治療薬「イレッサ」が使えないタイプ。治療選択肢の少ない予後の悪いタイプであることが分かりました。重い病気であることは分かっていつつも、病気を治せる治療に期待をしていたので、診断結果を聞くたびに落胆しました。

 しかし、最初に投与した抗癌剤が、主治医の方が「20人に1人」と驚かれるほど著効しました。癌の大きさもCT検査で消えはしなくても、PET検査では腫瘍部位が光らなくなるほど小さくなりました。積極的に放射線治療をやっておいてよかったと思っています。
肺癌を告知されて7年経過しましたが、今は放射線治療や手術、薬物療法を使ってなんとか生きています。ただ、自分の場合、ある治療で癌が小さくはなっても、癌が増悪するまでの無増悪生存期間はそんなに長くなく、悪化してしまうため、薬剤を変えて治療をずっと続けていかないといけないのです。使える抗癌剤はほぼ試し、使った抗癌剤は八つになりました。

 癌の合併症の苦しみは続いていて、生活の質という面ではずっと低下しています。振り返って考えてみても、自分の治療が良かったのか悪かったのかと客観的に考えることもあります。癌の告知以降、仕事はほとんどできていないですし、新しい道を考えないといけないと思っても、長い闘病生活では自分が生きる道が開けたと思った直後に、また狭まってくるということの繰り返しで、山あり谷ありの7年間だったと思います。

治療と研究が同時に進行‐遺伝子異常の肺癌治験

 ――患者団体「ワンステップ」設立の背景は。

 癌患者が持つ知見を、長期にわたって継承していく場をつくりたいと思ったのがきっかけです。自分が癌を発症したときには、肺癌の患者会がなく、その代わりとして、癌患者の仲間同士で支え合う唯一の場がインターネット掲示板でした。ただ、肺癌の宿命でもありますが、サイトを管理している患者は亡くなります。すると、それまで患者の知見や経験談を蓄積した掲示板も一瞬にして消失してしまうということが繰り返されてきました。

 癌患者がインターネットの掲示板を立ち上げても、その方が亡くなればゼロになる。医療技術の進歩で医師側の知見は積み重なっていく一方で、患者側には知見がたまらず、癌患者や家族が何をすべきか困っていても、そのヒントとなる情報を共有することが難しい状態だったのです。こうした状況から、患者の知見を継承していくものをつくりたいと思って患者会を立ち上げました。15年4月にスタートしておよそ2年ですが、560人の方が登録している。登録者全体のおよそ9割がステージ4の患者さんです。

 ――治験に関する情報アクセスの問題について。

 癌患者にとって治験は希望です。ある医師の方が、特定の遺伝子が発現した患者を対象とした肺癌治療薬の治験に関しては、治療と研究が同時に進行していくものだと仰っておられました。特に肺癌治療薬では、免疫チェックポイント阻害剤と分子標的薬の開発が盛んに行われていますが、これらも治療と研究がいっしょに進んでいると考えています。患者にとって、もはや治験は治療のオプションの一つと考えざるを得ません。

 知識が浅い患者の中には、治験が「怖い」「使える薬剤がなくなってから参加するもの」というイメージがあるかもしれませんが、患者に対する情報提供がきちんと行われていれば、治験に対するネガティブなイメージはなくなっていくと思います。

 ワンステップでは治験に関する情報提供に力を入れています。生存率が向上している背景から、患者側でより最新の治療に関して情報を収集したいというニーズが強まっています。私が告知を受けた10年頃は、ステージ4の肺癌だと1年間で半分の方が亡くなっていましたが、今では2~3年、5年生存を実現している方もたくさんいます。

 治療の進歩は、吐き気止めなどの副作用対策の進歩でもあります。生存期間だけでなく生活の質も向上し、限りある自分の人生をどう生きていくか、そんなことも考えられるようになったのではないでしょうか。今までは、そんなことを考える余裕はなかった。生存期間、生活の質が上がれば、もっと生き延びたいという欲求が出てきます。治験が治療のオプションの一つならば、当然その情報がほしいです。

 肺癌分野では新薬がたくさん上市されていますが、こうした最先端の情報に患者が追いついていない状況にあり、患者側は情報をもっと得たいと考えているのに、情報を提供する側のスタンスが昔とあまり変わっていないという認識を強く持っています。

自分で目利きする“患者力”‐複数ある治療法から選択

 ――治験に関する情報をもっと得たいという患者さんも多いわけですね。

 患者の一部には、成績が良い海外の試験を知り、日本でその第I相試験の開始時期を自分で調べ、参加する人もいます。自分の病気を治したいという思いで参加し、状態が改善している人もいます。様々な抗癌剤の治験が行われていて、話題の免疫チェックポイント阻害剤についても新規作用機序薬剤を含め多数が走っています。免疫チェックポイント阻害剤の治験に参加して生存期間を延ばしている患者もいます。

 というわけで、医師からの治験情報を待つ受け身のスタイルから、自分で積極的に情報を収集して治療を受けようとする患者が増えてきました。医療リテラシーを取得し、複数ある治療法から最適な一つを選択して治験に参加する行動を起こしています。患者側でこうした動きが出てくれば、治験をもっと早く完了することができ、製薬企業や医療機関にとっても良い方向に進むと思うのです。

 ――患者側の自発的な医療行動が目立ってきているということですね。

 医師も10~15分の短い診察時間で治療に関する全てを説明するのは難しいと考えていますし、情報を求めるだけではなくて患者側でもリテラシーを身につける必要が生まれているという状況から、ワンステップでいま一番意識していることは“患者力アップ”ですね。患者参加型医療が今、まさに求められる中で、治療の優先順位のつけ方についても患者自ら考えるというものです。例えば、標準治療が終わろうとしたとき、米FDAでブレークスルセラピーに指定されて承認間近にある開発薬と、民間療法のどちらが自分にとってよい治療選択肢なのか、それを自分で判断できる目利きを身につけていく“患者力”を引き上げることです。

 肺癌治療をめぐっては、治療技術の進歩から患者が治療法を選べる状況になり、一般者が癌を学べる市民公開講座も増えており、ワンステップでも実施しています。インターネット上で肺癌患者向けに手術や放射線、薬物療法に関する知識を学べるe-ラーニングを患者団体としても始めていく構想もあります。市民公開講座やe-ラーニングを通じて、患者が癌に関する一定の知識を蓄え、関心を持って知識を吸収できるようにしていけたらと思います。

治験への参加機会を平等に

 ――知りたいと思う患者と、伝えたいと思う製薬企業・医療機関との情報の非対称性をどう考えますか。

 開発中の薬剤に関しては、製薬企業・医療機関から患者へと発信される情報に制限があり、伝えるべき有用な情報があっても、ブレーキがかかってしまう環境があるような気がしますね。治験で働くスタッフの方には、どこまで情報を提供したらよいのか、これほどの治療の進化がある中では、難しくなっていると感じています。適切な情報提供を考えてしまうと、どうしても情報の量や質が不十分になることもあるのではないでしょうか。

 一方、患者に対し、治験に関する情報をより提示していくとなると、恣意的な領域に入ってしまい、治験のルールに抵触する領域に踏み込んでしまう可能性から、情報開示が慎重にならざるを得ないと理解しています。

 ただ、積極的に治験情報を収集したいと考える患者に対しては、できるだけ分かりやすく情報が開示され、アクセスできる環境を用意することが重要だと考えています。

 ――治験の情報提供に関しては地域格差、施設間格差がありますね。

 治験で提供される情報については、受診している病院や居住地域に関係なく患者が平等にアクセスできる環境にあり、治験参加の機会も均等であってほしいと思います。治験実施医療機関の受診患者だけが被験者として選択されるのではなく、その他の病院を受診している患者さんにも門戸が広がるようにしていただきたい。例えば、ある程度効果が期待できる抗癌剤の第II相試験を行う場合にも、主要な病院を受診している患者だけで枠が埋まってしまい、その他の施設で受診する患者の希望をかなえられないことが多々ありますよね。

課題は日本の治験検索サイト‐使いやすくしてほしい

 ――患者会として、治験にどうかかわっていきますか。

 患者向けの治験検索サイトが日本にも存在しますが、検索にかけたワードによって、検索結果が違ってくるなど、最適な形で治験情報が欲しい利用者側としては満足できるものではありません。海外では同一の開発薬剤で一般名、製品名、開発コードの何を入力しても、同じように正しい治験情報を得ることができますが、日本では検索結果が異なるため、どの情報が正しいのか分からない状態です。患者用につくられておらず、臨床試験の内容も分かりづらい。ですので、治験検索サイトの改善を要望書として提案したいと思います。

 あと、抗PD-1抗体「オプジーボ」の投与をやめても効果が持続するかの「やめどき」を探る臨床試験が計画されているようです。患者会としてこうした治験の勉強会を行い、この試験がどういうものか、何を意味しているのかなど、考えを深めたいと思っています。社会的にも大きな問題として考えております。

 患者が患者力をアップさせ、自分自身で対象の治験のリストアップくらいまでできるようになれば、専門家に相談の上、自ら参加するようになるでしょう。その逆で患者の目線が欠けた治験計画の試験に対しては、参加しなくなるのではないかと考えています。有効性・安全性に優れた医薬品を社会に届けていくという目標は、製薬企業、医療機関、患者3者に共通した願いであり、患者力をアップすることでウィン・ウィンになれると認識しています。



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