抗癌剤「オプジーボ」(一般名:ニボルマブ)の非小細胞肺癌への効能追加をきっかけに、高額薬剤が医療費を圧迫しているとして大きな議論が巻き起こっている。当初、「オプジーボ」は患者数が少ない悪性黒色腫を対象に使われることを前提に高い薬価がつけられたが、昨年の非小細胞肺癌の効能追加により対象患者数が大幅に拡大。それが医療費を押し上げる要因になっているとの問題意識が、財務省の審議会、厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会の場で相次いで示され、高額薬剤問題への対応が緊急的な課題に浮上した。
こうした状況を受け、厚労省は薬価改定がない来年度に「オプジーボ」の緊急的な薬価引き下げを行う方向で対応に乗り出している。通常の2018年度薬価改定を待たずに「オプジーボ」を標的にした期中改定の実施には慎重な意見も出ていたが、厚労省は市場拡大再算定を適用することで薬価を引き下げる方針を打ち出している。既にこれから登場する類薬の薬価収載に議論が広がってきており、今後さらなる議論の過熱が予想されるところである。
これに対して、製薬業界はイノベーションに反すると猛反発している。確かに先日、癌免疫療法という新たな地平を切り拓いた「オプジーボ」の生みの親であり、免疫反応を制御する遺伝子PD-1を発見した京都大学の本庶佑名誉教授の功績がノーベル賞候補に挙がった。まさに日本の基礎研究力、それをもとにしたイノベーションが高く評価されたことにほかならない。そこから誕生した日本発の新薬に高い価値がつけられたことに対し、国民皆保険制度の維持という大義名分のもと、現在の高額薬剤をめぐる薬価引き下げ論が展開されている。厚労省は薬価制度の抜本的な見直しに着手すると明言しており、合理的なルール作りを待つ必要があるが、それで全てが解決するわけではないのも事実であろう。
むしろ、根本的な医薬品の使い方という部分に目を向けて、もう少し冷静に多角的な観点から議論してもらいたいと思う。実際、医療現場でバイアルに余った未使用の抗癌剤が大量に廃棄されていることへの注目度は低い。バイアル単位で保険請求されている抗癌剤の廃棄金額を薬価ベースで算出した国立がん研究センター中央病院などの調査では、1年間で総額3億円以上に及んでおり、「オプジーボ」の廃棄金額は実に約4000万円に上ったとの結果が明らかにされている。
これは一例に過ぎないが、抗癌剤の廃棄量を減らす施策による医療費削減効果という視点も、薬価引き下げの議論と同様に必要ではないか。とかく医療費削減の議論で薬価はターゲットになりがちだが、もっと取り組むべきことは少なくないはずである。本当に国民のためになる医療費のあり方、医薬品のあり方について、国民も巻き込んだ広い視野の議論を望みたい。