関連検索: 胎児 不飽和脂肪酸 統合失調症 理化学研究所 脳科学総合研究センター
脳が発達する胎児期に、不飽和脂肪酸摂取のバランスが崩れると、統合失調症の発症リスクが高まることを、理化学研究所脳科学総合研究センターの吉川武男氏らのチームが突き止めた。今後、妊娠中の不飽和脂肪酸の適正な摂取が、統合失調症の発症予防に役立つかどうかを調べることにしており、研究の進展が待たれる。
統合失調症では、幻覚や妄想などの精神症状のほかに、周囲の不必要な雑音などを意識に上らないようにシャットアウトする感覚フィルター機能が弱まっていることが知られており、それが集中困難を引き起こす原因の一つと考えられている。吉川氏らはその点に着目して、感覚フィルター機能の低下と関係する遺伝子を探索し、Fabp7という遺伝子を釣り出した。Fabp7遺伝子がコードしている蛋白質は、別名「脳型脂肪酸結合蛋白質」と呼ばれ、ドコサヘキサエン酸(DHA)やアラキドン酸(ARA)との結合親和性が高く、未分化な神経幹細胞の増殖あるいは分化という神経新生の過程に関わっていることが報告されている。
そこで吉川氏らは、Fabp7遺伝子と統合失調症との関係を明らかにしようと、感覚フィルター機能を評価するプレパルス抑制(prepulse inhibition:PPI)検査を用いて検討した。PPIが良好なマウスと低下したマウスや、Fabp7遺伝子ノックアウトマウスを作製して調べた結果、Fabp7遺伝子の発現が脳の発達期に低下していると、神経細胞の増殖の低下を引き起こして、成長後の神経ネットワークに変化をもたらし、その変化が基盤となってPPIの低下が生じるのではないかとの成績が得られている。
また、ヒトにおけるFABP7遺伝子のゲノム上の個人差が、統合失調症の発症に影響するかどうかについても検討された。FABP7遺伝子のSNPを調べたところでは、アミノ酸変化を伴うSNPを含むFABP7遺伝子領域が、日本人の統合失調症の発症に関連していることも突き止められた。ヒトのFABP7蛋白質の中で、アミノ酸が変化する場所は、DHAが結合する部位の近傍にあり、アミノ酸の変化によってDHAに対する結合能が変わることが示唆されている。このため、日本人統合失調症の場合には、FABP7蛋白質とDHA結合あるいはARA結合の強さの違いが、疾患感受性に影響を与えている可能性があると考えられている。
さらに、統合失調症の症状発現に重要と思われている前頭葉で、FABP7遺伝子の発現の状態を米国人の死後脳で測定したところでは、統合失調症群ではPPIが低下した成体マウスと同様に、発現が増加している結果も得られている。その結果について、吉川氏らは「胎児期プログラミングが働いた結果ではないか」とし、胎児期での不飽和脂肪酸摂取と関係している可能性が高いとしている。「胎児期プログラミング」は、母体が飢饉に襲われると、胎児はエネルギーや電解質を最大限に有効利用しようと体質を適応さるが、大人になって栄養や電解質が十分な状況になると、胎児の時期に置かれた環境へ適応した体質であるために、かえってカロリー蓄積や電解質の体内保持が過剰になってしまうというもの。それによって、肥満や高血圧などの発症も高まるといわれている。
それらの成績から、吉川氏らは「一部の統合失調症の患者には脳の発達期にDHAやARAなどの(必須)不飽和脂肪酸の代謝不全があり、それを補うべく成長後にFABP7遺伝子の発現が高まっているということが考えられ、今後、妊娠中の(必須)不飽和脂肪酸の適正な摂取を介した統合失調症の発症予防について、解析を進めたい」としている。
※PPI:ヒトでも動物でも大きな音刺激を与えると驚愕反射が起こるが、大きな音刺激(パルス)の直前に小さな音刺激(プレパルス・それ自身では驚愕反射を引き起こさない程度の小さな音)を与えると、驚愕反射が抑制される現象。
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