日本よりも先を行く欧州‐非臨床CROのエンヴィーゴ「動物愛護の追求に妥協しない」
実験動物に対する動物福祉の取り組みでは、欧州が最先端を走る。今回は、英国を本拠とする非臨床試験受託(CRO)大手「エンヴィーゴ」を紹介する。研究者やテクニシャン(実験動物技術者)、全ての自社スタッフに対して、動物愛護の習慣を積極的に受け入れるよう徹底。動物愛護の第三者認証「AAALAC」の取得がゴールではなく、最高基準を目指して継続的に改善活動を行っている。同社の欧州安全性部門を統括するブライアン・バーリンソン主席研究員、広報担当のアンドリュー・ゲイ上級副社長の両氏は、医薬品開発における動物実験の意義を社会に訴える一方、「動物にストレスを与えない試験を追求したい。動物福祉という倫理的な問題に対応するだけではなく、最善の試験データを得る上で必要」と強調。科学的な見地から、Reduction(使用動物数の削減)、Refinement(実験動物の苦痛軽減)、Replacement(動物の代替)の3Rsを推進していく姿勢を示す。
実験動物のストレス軽減‐地域住民にも施設を公開
日本と欧州では、動物実験における一般社会との距離感で大きく差がある。特に英国では、政府と業界がタッグを組み、10年以上にわたって動物実験がなぜ必要かを一般社会に理解してもらえるよう、啓蒙活動を続けている。研究業務における動物使用に関して公開する協定を取り交わし、98社が参加している。報道機関や地域住民に対し、動物実験の実施施設を見学してもらう機会も提供しており、社会との対話の中で動物実験の存在意義を説明してきた。
英ハンティンドンライフサイエンスと米ハーランラボラトリーズが合併して誕生したエンヴィーゴは、英国の中においても動物愛護を先導する立場にある。実験動物の繁殖・供給から非臨床試験の受託までを一貫して実施できる世界では数少ないCROの一つだ。
実験動物を扱う施設は50以上に上り、ほとんどがAAALAC認証を取得、未取得施設も今後1~2年でクリアさせる計画で、全施設で達成する方針を掲げる。英国にある施設は、実験動物の環境改善に焦点を当て、動物愛護に関する「SIMR」(Seriously III for Medical Research)を受賞している。社内専門家を多く揃え、規律を準拠するだけではなく、高度な動物愛護基準を満たせるよう、研究者やテクニシャンに対して教育を行っている。世界各地で開催される会合で講演したり、大学などでも学生に対して医薬品開発における動物使用の必要性に関して講義を行っている。
バーリンソン氏は、現在の動物試験の動向について、「動物試験計画が複雑化して、一つの試験でできる限り多くのデータを収集しようとする動きが強まっている。今後は余計な動物試験の実施を避けたり、使用する動物数についても減っていくだろう」と動物実験が縮小すると予測する。製薬企業によってはAAALACのような第三者認証とは別に、動物愛護に関する独自基準を設定し、それに対応できるCROに外部委託している傾向も見られているが、中でもエンヴィーゴの実施体制は高く評価されているという。
例えば、製薬企業からある化合物の安全性評価に関して、サルなどの霊長類を用いた試験を依頼された場合には、霊長類を用いる科学的妥当性の確認を行い、エンヴィーゴの動物愛護基準に照らし合わせて問題がないことを確かめた上で、試験を実施する徹底ぶりだ。
ゲイ氏はエンヴィーゴが動物福祉にこだわる理由をこのように話す。「実験動物にストレスがかかった状態で動物実験を実施してしまうと試験結果に偏りが生じてしまう。科学的な見地から見ても、最善な結果を得るためには、いかに実験動物にストレスを与えないようにするかが大事だと考えている」と最優先に位置づけている。
サル飼育、ケージを改良‐女性でも活躍できる環境に
実際の現場ではどのような取り組みをしているのか。実験動物のストレス測定は、ホルモン測定など様々な評価ツールがあるが、一般的には動物の振る舞いや表情などからストレスがどの程度か推察することが可能だという。例えば、サルを用いた試験では、テクニシャンが飼育部屋のケージに入ると、サルがストレスを感じていれば攻撃的になったり怒ったりする。しかし、ストレスがなければ逆に人間が近づくのを喜んだり、上に登って静かに座って、人間を見下ろしたりする習性がある。サルがどのようなときにストレスを感じているかを日々観察・理解し、飼育法を改良したり、しつけなどのトレーニング手法を考えたりしている。
ストレス軽減の目的で様々なアプローチを実践している。イヌに関しては、毎日30分間はケージから出して、遊ぶ時間も設けている。さらにサルでは、ケージの改良も行っている。
実験動物の飼育は、動物福祉の観点から野生に近い環境が求められるため、動物を1匹ごとにケージに入れて飼育する「個別飼育」ではなく、数頭をまとめて飼育する「群飼育」が理想とされている。同社ではサルの飼育施設において、視界を遮らないようにケージの柵を「縦棒」から「横棒」に変えたり、サルが周囲をうかがえるよう、小さめのバルコニーを設置した。これにより、隣合わせのケージにいるサル同士が目を合わせ、お互いの姿を確認できるなど、安心感が得られる利点があり、実際にストレスを軽減することが確かめられたという。
サル試験のテクニシャンの仕事は、身体が大きいサルを相手にするため、従来は男性が主体だった。しかし、飼育法を工夫しストレスを減らした結果、実験がやりやすくなり、女性のテクニシャンにも門戸を広げることができた。エンヴィーゴでも多くの女性テクニシャンが活躍しており、コミュニケーションの中でサルとの関係を構築し、試験を行っている。
吸入毒性試験を工夫‐実験動物の負荷減らす
様々な動物種に応じて多様な取り組みを行っている。イヌやミニブタを対象とした吸入毒性試験では、これまでは動物を吊り上げて吸入投与を実施する旧来の手法から、身体に巻き付ける装具を緩くして、自由に動ける状態を確保し、できるだけ負荷がかからないような状況で吸入投与を行えるようにした。吸入毒性試験を実施する間に、動物が眠くなる場合が多いため、柔らかい絨毯を敷いたり、ブランケットをかけたり寒く感じないよう配慮している。
動物手技を行う作業者の安全・負担も軽減している。比較的他の動物種よりも体重が重いミニブタを用いた試験では、試験を実施する作業台までテクニシャンが持ち上げるのは大変なため、音を発する用具「クリッカー」を使って、音を鳴らしたらミニブタ自身がケージを出て作業台まで自分で行くトレーニングも実施している。
そして微量採血のマイクロサンプリング評価法の活用にも取り組んでいる。通常、注射針を使って採血しているが、毛細管から血液を採血することで、採血量が少なくても薬物動態を評価できるマイクロサンプリングを用いて、採血に必要な動物数を削減すると共に、検査の効率化を実現している。
さらに薬効薬理試験で用いる免疫不全マウスの繁殖では、外来性動物による感染症リスクを管理しながら、最適な動物数を繁殖できるよう、コンピューターシミュレーションによるモデリングを活用しながら、最低限必要な保有コロニー数を算出し、できる限り使用動物数を減らす取り組みも実施している。
当然、実験動物の輸送にも気を払う。リーンシックスシグマと呼ばれるプログラムを配送中の品質管理プロセスに業界で最初に取り入れ、ストレスやリスクを低減するため、輸送プロセスの改善活動も繰り返し実施している。
動物福祉を追求すれば、コストが必要になり、その結果企業としての競争力が削がれる可能性がある。サイエンスを考えずに、動物福祉の基準だけが高くなりすぎると、医薬品開発にブレーキをかけてしまうかもしれない。しかし、「コスト度外視で取り組み、決して動物愛護の追求に妥協しない」というのがエンヴィーゴのスタンスだ。なぜなら、「動物福祉を改善していくことは、倫理的な面だけではなく、科学的見地から見ても医薬品開発を改善していくことにつながる」からだ。
バーリンソン氏は、動物愛護、医薬品開発の観点からも、ヒトでの毒性を予測する安全性バイオマーカーの探索や、遺伝子改変動物を用いた試験法、ヒト由来iPS細胞を用いたインビトロ試験、コンピュータ上のインシリコスクリーニングを通じて、開発早期段階で化合物の開発可能性を見極めるような動物試験代替法の開発が今後のトレンドになると強調する。
動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験 目次
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】医薬品非臨床安全性コンサルタント・海野氏に聞く(2016年2月1日)
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】日本製薬工業協会(2016年2月1日)
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】エンヴィーゴ(2016年2月1日)