国際基準の動物福祉に対応‐製薬協、業界軸で底上げ図る
日本製薬工業協会は、動物福祉に配慮した動物実験の環境整備に向け、業界軸で3Rsの取り組みを進めている。成果としては、医薬品規制国際調和協議会(ICH)における動物試験法の改善と代替法の進展、会員企業が保有する動物実験施設の外部認証取得率が向上したことの二つが挙げられる。既存試験法を改良し、精度を損なうことなく必要最小限レベルに洗練すると共に、光毒性を予測する「ROSアッセイ」をはじめとする新たな代替法が日本主導でテストガイドライン化された。さらに動物実験施設の外部認証取得率が9割弱に達した。次なる課題は、3Rsのさらなる追求と国際基準に合った動物福祉への対応だろう。医薬品評価委員会基礎研究部会長の渡部一人氏は、「各社の3Rsの取り組みは数年前に比べれば格段に向上している。医薬品開発における動物実験の必要性が社会に一層理解されるよう取り組んでいきたい」と語る。
3Rsの国際調和進む‐代替法への取り組みに注力
製薬協では、3Rsに関して「非臨床試験として必要な動物実験は動物福祉に十分配慮して行う」との企業行動憲章を定めている。環境省の「実験動物の飼養及び保管並びに苦痛の軽減に関する基準」と「厚生労働省の所管する実施機関における動物実験等の実施に関する基本指針」に基づいて業界でルールづくりを行っている。2005年の動物愛護管理法改正(06年施行)の前には、適正に動物実験を実施するための「動物実験に関するガイダンス」を発出し、改正動愛法の施行に合わせ厚生労働省の指針が発行された後には「動物実験に関する社内規則の作成手引書」として改訂するなど適宜改訂(09年、14年)を行っている。
基礎研究部会内には、動物実験の動物福祉を専門に扱う動物実験福祉課題対応チーム(チームリーダー:渡辺秀徳氏、日本たばこ産業)を構成。各企業から19人が集まって会員各社の3Rsに関する取り組み状況をモニタリングし、調査研究を行っている。
国際動向にも注視し、動物実験に関する諸外国の法律や国際的な基準と比較して日本が実験動物の動物福祉に関してどのような位置づけにあるかの調査研究も行っている。渡部氏も「動物福祉の取り組みは海外が先行しているという認識を持っており、海外からの情報収集を行っている」と話す。
ICHのワーキンググループでも3Rsの原則に則って、新たなガイドラインの策定や改訂が行われている。動物福祉への配慮に照らして、実験方法の選択において、必要性が少ない試験や開発中止時に無駄になる試験を排除したり、一つの試験に組み入れて評価するなど、最小限の試験で多くのエンドポイントを評価できることを目標としている。渡部氏によると、「非臨床試験として実施する行政要件としての動物実験の国際調和はほぼ解決している」という。
具体的には、ICH S7において安全性薬理試験の実施要件縮小や、細胞を用いたインビトロ試験の有用性を明確化した。また、ICH M3では、開発初期に実施していた動物実験を必要に応じて開発後期へと実施時期を柔軟に変更できるよう改訂した。さらにバイオ医薬品の開発でも、ICH S6で動物実験を最小限にするためのガイドラインが策定されている。
今後、製薬協として力を入れていくのが、動物実験代替法だ。渡部氏も「われわれの取り組みと動物実験のあり方について社会の理解を得るためには、代替法への取り組みは必須」と話す。国立医薬品食品衛生研究所で日本動物実験代替法センター(JaCVAM)の事務局第2室長を務める小島肇氏と連携し、光毒性試験の代替法として「ROSアッセイ」をICH S10に加えるなど成果も見られている。
ただ、渡部氏は、「代替法の多くは医薬部外品や化学物質の安全性評価であり、医薬品の申請に適用できるのがまだ少ない」と指摘し、代替法開発を推進していく必要性を強調する。その一つが、ヒトiPS細胞由来分化細胞を用いた安全性評価の開発。製薬企業と安全性試験受託研究機関などで構成された「ヒトiPS細胞応用安全性評価コンソーシアム」を通じて研究開発を進めてきた。一部の心毒性評価では成果が出つつある。
もう一つは、動物実験をインビトロ試験に置き換えるだけではなく、哺乳類以外の下等な動物を用いた安全性評価の進展だ。現在、小型魚類のゼブラ・フィッシュを用いた評価法に注目が集まっており、ICH S5でも2018~19年を目標に生殖発生毒性試験の代替法として議論が進んでいる。さらにコンピューターシミュレーションによるインシリコ試験でヒトの副作用を予測する評価法開発も進んでいる。
外部認証取得率、昨年12月で89%に改善
ヒューマンサイエンス振興財団などが行う動物実験実施施設の外部認証を取得した施設数も、製薬協の取り組みにより、ごくわずかの認証取得率にとどまっていた10年前に比べ、昨年12月時点で89%の会員企業が取得するまでに向上した。しかし、国際的な動物福祉の外部認証機関である「AAALAC」の認証については、徐々に認証取得企業が増えているが、欧米に比べると低率である。AAALACの要求事項では、厚生労働省の行政要件にはない基準もあり、今後製薬協でも対応していく必要があるとしている。
実験動物の管理に向けて、会員企業による自主管理体制の底上げも課題だ。動物実験実施施設では、適切に動物実験を実施するためにそれぞれの施設で機関内規程を作成しなければならない。動物実験を実施する場合には動物実験委員会を置き、試験開始前の動物実験計画書(プロトコル)段階で審査を行うのが原則。動物の苦痛の指標となる人道的エンドポイントを設定し、それに抵触する場合には実験の実施よりも実験動物の苦痛軽減が優先されなければならない。
基礎研究部会の動物実験福祉課題対応チームで作成した「動物実験に関する社内規則の作成手引書」は、それぞれの動物実験実施施設が機関内規程を作成する際に参考となるようつくられたもの。改正動愛法施行(2006年)以降、定期的に会員企業の動物実験に関する自主管理状況を調査確認し、啓発活動を続けてきた。動物福祉チームリーダーの渡辺氏は、「今後も会員企業の自主管理状況がどうなっているかを継続して確認を行い、情報公開や獣医学的ケアで底上げを図っていきたい」と話す。
実験動物の海外輸入、厚労省に要望書を提出
日本実験動物学会と日本動物実験代替法学会、動物実験を実施する関連団体として、非臨床試験を受託するCROで構成された安全性試験受託研究機関協議会(安研協)とも連携している。特に安研協とは「製薬企業からCROへの外部委託が増え、今後とも重要なパートナー」との認識を示す。GLP教育や試験の適性化などでも緊密に連携している。
昨年6月には、サルやイヌなどの実験動物の海外輸入に関する要望書を連名で厚労省に提出している。航空会社が実験動物の輸送から撤退し、輸入が危機に瀕する中、実験動物の安定供給に向けた施策が必要となっている。渡部氏は、「他の手立てで現在でもなんとか輸入は続いているが、アカデミアを含め今後の研究を継続していくために国内航空会社に輸入を再開していただきたい」と語る。
一方、動物実験を反対する団体との対話は、学会や研究会の場にとどまり、直接話し合いの機会を持つことは難しい状況。その代わりに動物実験に関して中立的な立場を取り、動物実験の反対派とのネットワークを持つ法律家との接点を通じて、なんとか距離感を縮め、関係を構築していこうとしている。現在は共同でシンポジウムを開催したり、定期的に情報交換を行っている。
今後も医薬品開発にかかわる業界団体として3Rsを追求していく。動物実験施設の外部認証の取得率が向上したのを背景に、今後は別の業界として基本指針を持つ文科省や農水省にも啓発していきたい考えを示す。製薬協に所属していない企業や研究機関、バイオベンチャーに対しても動物福祉の意識や取り組みでの底上げを図り、将来的には新薬創出国として、国際的に発信していくことを目指していく。
動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験 目次
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】医薬品非臨床安全性コンサルタント・海野氏に聞く(2016年2月1日)
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】日本製薬工業協会(2016年2月1日)
- 【動物福祉を考える~医薬品開発の動物実験】エンヴィーゴ(2016年2月1日)