抗癌剤として期待される「インドロカルバゾール」を合成する酵素「シトクロムP450StaP」の立体構造を、理化学研究所と富山県立大学のグループが解明した。「シトクロムP450StaP」は、インドロカルバゾールの基本骨格の構築に働いており、骨格形成の仕組みを解析することで、さらに薬理効果の高い新たなインドロカルバゾール系抗癌剤などの創製が進むものと期待されている。成果は、米国科学アカデミー紀要「PNAS」(7月10日号)に掲載されるのに先立ち、オンライン版に掲載された。
インドロカルバゾールは放線菌が作り出す物質で、スタウロスポリンやレベッカマイシンなどが知られている。インドロカルバゾール化合物群は、癌化メカニズムに関与する蛋白キナーゼC(PKC)の働きを強力に抑えるため、抗癌剤としての開発が期待されている。
立体構造の解析は、シトクロムP450StaPと、インドロカルバゾールの骨組み材料である「クロモピロリン酸(CPA)」との複合体を結晶化し、大型放射光施設SPring-8の理研構造生物学ビームラインIIを用いて分析された。その結果、CPAとシトクロムP450StaPは水素結合で強固に結合していることが分かった。それらの立体構造情報を詳細に解析したところ、シトクロムP450StaPは「インドールカチオンラジカル」と呼ばれる特殊な中間体を経て、インドロカルバゾールの骨格を作り出していることが突き止められた。
また、放線菌で作り出されるインドロカルバゾールの中には、その骨格が非対称に修飾を受けているものが知られているが、それがこの酵素のCPAが結合するポケットの形状の非対称性に起因することも分かった。
共同研究を行った理研播磨研究所の永野真吾氏と城宜嗣氏、富山県立大の尾仲宏康氏らは、「明らかになったシトクロムP450StaPの立体構造と、そこから導かれた骨格構築の仕組みに関する知見をもとに、さらに多くの種類のインドロカルバゾール骨格の材料となる分子を効率よく触媒反応できる改良型シトクロムP450StaP酵素を設計することができる」と指摘。改良型シトクロムP450StaPを用いることで、「より高い薬理作用を持つインドロカルバゾール系の新規抗癌性抗生物質の開発につながる」と期待している。
実際、スタウロスポリンの研究からは、スタウロスポリンがPKCやNF‐kBの機能を抑制して、G2/M期における細胞周期停止とbcl-2の活性抑制を介してアポトーシスを促進させることが認められているが、正常な細胞プロセスも阻害してしまうといった問題も見られていた。そのため、 抗癌作用を維持し、正常細胞への副作用をより少なくしたスタウロスポリン類似化合物が合成され、臨床試験も進められている。インドロカルバゾールの基本骨格を構築するシトクロムP450StaPの立体構造解析がなされたことで、より有用性の高い新規化合物の開発が進みそうだ。