会頭 十河 孝博氏(十河医院名誉院長)
■転換期にある東洋医学―更なる飛躍を目指して―
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日本東洋医学会の第58回学術総会が15日から3日間、広島国際会議場で開催される。「転換期にある東洋医学―更なる飛躍を目指して」をテーマとする今回の学術総会には、会頭を務める十河孝博氏(十河医院名誉院長)の、日本の東洋医学・伝統医学に対する熱い思いが込められている。十河氏が喫緊の課題として捉える日本の東洋医学の国際進出と東洋医学と西洋医学の融合・統合に関する話題について、5時間にわたって行う特別企画「ボーダレス時代の東洋医学」を筆頭に、シンポジウム、ラウンドテーブルディスカッションなどでも討論の機会が多数設けられる。一般講演の演題数も昨年、大阪で開催された学術総会よりも多い予定で、東洋医学に対する期待も高まりをみせている。十河氏に今回の学術総会の企画内容や東洋医学に対する考えを聞いた。
■国際化の問題を討論”国内的ボーダレスでシンポ
――今回の学術総会のテーマ「転換期にある東洋医学―更なる飛躍を目指して」には、どのようなお考えが込められていますか。
十河 テーマには二つの思いを込めてあります。東洋医学に関して中国の世界進出が目覚ましく、その影響を受けて日本は国際的に非常に立ち後れているのが現状です。つまり日本の東洋医学・伝統医学がさらなる飛躍を目指すには国際化の問題が避けられないということで、これらの点について討論していただきたい思いがあります。
もう一つは、むしろ東洋医学の側よりも西洋医学の動きの一つとしてみてもらった方がいいかもしれませんが、東西両医学の融合と統合が叫ばれるようになってきており、東洋医学会では昨年の大阪の総会から指摘されています。その思いを今回の学術総会でも引き継ぎ、取り上げようとプログラムを企画しました。
――日本の国際化が遅れている点について、もう少し詳しくお話をお聞かせいただけませんでしょうか。
十河 中国は世界中に中医学を進出させ、欧州、オーストラリア、米国に次々と中医学を学べる大学を設置しています。特に欧州地域では、西洋医学よりも東洋医学、いわゆる人間に優しい医療を求めようという傾向が出てきています。それが大きな拍車をかけて伝統医学がますます発展しているという点が挙げられます。
それに対して日本も、中国と同じように東洋医学の歴史があり、独自の発展を遂げてきました。それを世界に広めるということは、歴史的要請の点でも必要だと思うのです。しかし、それが全く行われておらず、そこに大きな問題があるのです。
――そのような国際化の話題に関するセッションが組まれているようですが、ご紹介いただけますか。
十河 「ボーダレス時代の東洋医学」をテーマとして、2日目の午後に特別企画を5時間にわたって行います。中国をはじめ、韓国、米国から演者を招き、まず各国の現状を紹介していただき、東洋医学の世界の情勢を参加者の方々に知っていただく機会を設けました。
その後に続くシンポジウムでは、渡辺賢治、安井廣迪の両先生から日本の現状などについてお話ししていただき、日・中・韓・米の方々で東洋医学の国際的なボーダレスについて討論していただくことになっています。
――ボーダレスにはもう一つの意味合いも含まれているようですね。
十河 ボーダレスは日本と世界とのボーダレスという問題もありますが、日本国内のボーダレスという問題もあります。要するに、日本の伝統医学には各流派が存在し、それらの流派はお互いに垣根を作って、隔たりがあるのが実情です。こうした国内状況で果たして国際的なボーダレスが達成できるのかどうか疑問です。
そういった意味で、国内的なボーダレスの問題をまず話し合っていただくために、2日目午前に『「傷寒論再考」―東洞生誕の地にちなんで』をテーマにしたシンポジウムを設けて議論していただきます。国内的な問題をまず議論しなければ国際化の問題といっても足並みが揃わないと考えます。東洋医学の国際化の問題は、国外的な問題と国内的な問題の両方をはらんでいますので、両方の問題を学術総会で行うようなプログラム構成にしました。
――傷寒論に立ち戻ることによって、垣根が低くできるということでしょうか。
十河 日本では「古方」や「後世方」、あるいは「中医学」などの派があり、伝統医学・東洋医学を実践されていますが、傷寒論に対する取り組み・考え方にはそれぞれ違いがあるわけです。それが大きな障壁になっていますので、そのような問題を一緒に考えていく場にしたいと思います。
■東西両医学、結びつけ方がポイント
――もう一つの大きなテーマであります東西両医学の融合・統合に関する先生のお考えはいかがでしょうか。
十河 東西両医学の融合・統合は東洋医学自体の問題ではなくて、西洋医学自体の問題が大きいと思います。実際、西洋医学の医療のみの実践に危機感を募らせる人たちが多くなってきています。東京大学名誉教授の渥美和彦先生は、「西洋医学は分かりやすく理解しやすいため、これまでいろいろと研究を重ねてきたが、西洋医学だけでは限界にぶち当たってしまう。それを打ち破るには東西両医学の融合しかない」と指摘しています。
東洋医学と西洋医学の融合・統合に関して、当初、東洋医学会はむしろ距離を置こうとしました。今でもそのような人たちがいますが、やはり歴史的に考えて、人類のためにも東西両医学は融合・統合して、より素晴らしい医療を実現しなければいけないと考えるわけです。
そのような考えを持つ人も次第に増えてきており、東洋医学の側も積極的に取り組まなくてはいけない状況になってきていると思います。西洋医学の方がむしろ白旗を揚げているわけですので、われわれ東洋医学の側がある程度イニシアチブをとって取り組まなければ、東西両医学の融合・統合の実現はないだろうと考えます。
――東西両医学の問題は今回のプログラムにどのように反映されているのでしょうか。
十河 西洋医学と東洋医学は質的に全く違います。それをどのように結びつけるのかが、今回の学術総会の一つの試みなのです。欧米の素粒子学者は「素粒子学の行き着くところは東洋思想、東洋哲学だ」と語っており、恐らく陰陽論を描いているのだと思います。特別講演ではノーベル賞を受賞された素粒子学者の小柴昌俊先生(東京大学特別栄誉教授)を招いてお話を聞くことで、われわれの参考になるところがあるのではないかと期待しています。一方、西洋医学の最高峰におられる日本医学会会頭の高久史麿先生を招いて「東洋医学へ期待するもの」をテーマにご講演していただきます。
■会頭講演”質の違った医学を経絡で
――会頭講演でも先生が取り組まれています経絡で東西両医学を結びつけることができるという内容をご講演されるようですが。
十河 私の講演は「東西両医学を繋ぐ経絡」をテーマに、質の違った医学を経絡でつなげることができるのではないかという考えを紹介します。
西洋医学的な臓器や伝統医学的な臓器は、脾臓が肝臓になってみたり、腎が骨になってみたり、脳になってみたりと非常にあいまいです。西洋医学と東洋医学を結びつけるために、西洋医学的な考えの解剖学的な臓器をどう経絡と結びつけ表現できるかという研究を、昭和47年頃から長年にわたって続けてきました。
今回の講演では時間の関係で詳しくはお話しできませんが、臓器と経絡を結びつけることを「経絡表現化」と呼び、ツボ同士をポン・ポン・ポンと圧せば、スッーと臓器につながる仕組みになっています。ターゲットとなる臓器に病態があるかどうかを、ツボを通じて定量したり、デジタル化することで調べることができます。この検査法を「経絡診断検査」と呼んでいます。
ターゲットとなる臓器や器官に病態があれば、経絡表現のツボの上に病態に応じた貼薬(てんやく)を貼ることで、臓器や器官に作用して病態が改善するという仕組みです。この治療法を「経絡貼薬治療」と言います。これらを総称して「経絡現象学」または「経絡現象論」と呼んでいます。
今、現実に行っている西洋医学の病名治療というのは、東洋医学の心から全く離れたところに存在し、ある意味で効果が乏しいわけです。やはり東西両医学の基礎、それから東西両医学の検査と診断がうまく結びついて、初めて本当の意味での東西両医学の融合・統合が行われるのではないかと考えています。
――そのほかのセッションにも東西両医学の融合を討論する場があるようですね。
十河 融合と統合の問題でわれわれ東洋医学の側も考えてみようということで、3日目の午前に「東西医学の融合に向けて―21世紀の医療の中核をつくる」というシンポジウムを企画しました。東西両医学の融合の問題は2日目の私の講演を皮切りに、3日目のシンポジウムで具体的な内容を探ります。
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■国際化に向けたユニークな試みも
――国際化の話題でユニークなプログラムも用意されているようですが。
十河 「国際伝統医学ライブ」と銘打って、日・中・韓・米から伝統医学を実践されている先生方を招いて、われわれが用意した患者を実際に診察していただこうという試みを、3日目の午後に設けました。目の前で実際に行う先生方の診察・診断・治療の内容などが見聞きできると期待しています。
そのほかに、「東洋医学を英語で語ろう」と題するラウンドテーブルディスカッションを開催します。特別企画で招いた米国シアトルのクレイグ・ミッチェル先生も交えて、国内の先生方にも英語で東洋医学を語っていただこうという、まさに国際化に向けた試みです。
――招待講演、教育講演でも東西両医学の融合が話題のようですね。
十河 渥美先生ともお知り合いの田邊敏憲先生(富士通総研経済研究所主席研究員)は、統合医療を推進しようと取り組んでいる方の一人で、招待講演では「統合医療の科学技術戦略」をテーマに講演されます。「医療人類学からみた東洋医学」をテーマに波平恵美子先生(お茶の水女子大学名誉教授)が講演されるもう一つの招待講演は、倫理学的な色彩のお話になると思います。東西両医学を融合するにしても倫理面から話をしようということです。酒谷薫先生(日本大学医学部脳神経外科)の教育講演も「伝統医学と先端医学の融合に向けて」がテーマで、東西両医学の融合に向けたご講演になると思います。
■RTディスカッション”地域医療での実践者が報告
――そのほかのセッションもご紹介いただけますか。
十河 ラウンドテーブルディスカッション「地域医療への東洋医学の可能性を見る」では、地域医療で東洋医学や伝統医学を実践されている先生方もおられますので、そうした先生方が取り組まれている事例をご報告していただきます。中でも愛媛や高知など中四国でかなり盛んに取り組まれていますが、医療費等の問題でしわ寄せが出てきて若干問題も出てきているようですが、地域医療で東洋医学の可能性も見出していただければと思います。
2日目の午後には並行して、「生薬の基礎から供給まで」と「穴位療法の基礎―鍼・灸・刺絡」の両シンポジウムを企画しました。
また、昨年の大阪での総会から引き続いて、教育講演的な漢方基礎講座も基礎・診断・臨床の側面から3題を用意しました。同じく大阪の総会から始まった「劇的に効いた漢方の経験第2回:EBM特別委員会報告を含めて」をラウンドテーブルディスカッションとして2日目午後に行います。
■中四国支部全体の取り組みで幅広い内容に
――今回の学術総会を取り組むに当たって企画等の検討を中四国支部全体で取り組まれたようですが、東洋医学会としては初の試みだったようですね。
十河 今までの総会は、広島が取り組もうとすれば広島が中心になって取り組んできました。しかし今回は、中四国支部代表理事で今総会の準備委員長を務めている広瀬脩二先生が、「中四国支部のアイデアや知恵を広く集めて、中四国支部全体で取り組みたい」という提案を行い、本部理事会で承認され、支部全体で取り組む学術総会が実現しました。プログラム委員長には山口県の原田康平先生、副委員長には徳島県の竹川佳宏先生をはじめ、中四国支部の先生方にご協力いただきました。
――支部全体で取り組まれた実感として、どのような長所が見出せましたか。
十河 中四国の先生方の知恵が集まったおかげで、広島の先生だけの人脈では招くことのできない方々をお招きすることができ、われわれ広島だけで考えるよりも幅広く企画できました。例えば、特別講演にお招きした高久先生や小柴先生、クレイグ・ミッチェル先生などはその代表的な方々です。
――一般講演や参加登録人数はいかがでしょうか。
十河 一般講演の演題数は昨年の大阪の学術総会よりも多く集まりました。事前参加登録人数は928人で大阪よりも若干少ないようですが、2600人が参加された大阪の総会を参考に、今回の広島の総会では2000人ほど参加していただけるのではないかという手応えを得ています。
――初日に開催されます市民公開講座について、ご紹介いただけますか。
十河 「漢方医学の知恵で循環器病を乗り越えましょう―特に食養生の面から」をテーマに講演されます福岡の山本廣史先生(山本循環器内科医院)はユニークな先生で、農業をしながら医療にも携わっています。寺澤捷年先生(千葉大学大学院)はNHKで放映されていましたチャングムの監修をされていて、まだ熱の冷めていないチャングムを話題とする講演は、一般の方々も興味を持っていただけるのではないでしょうか。清水寛先生(日本オリンピック委員会強化スタッフ、スポーツドクター)には、太極拳の講演と実演を通じて生活習慣病の予防について講演していただきます。
――伝統医学臨床セミナーは毎年行っていますが、今回はどのような企画内容になっていますか。
十河 「うつ状態への東洋医学的アプローチ」をテーマに4人の先生方に講演をお願いしました。うつ状態は軽度な症状の場合、内科の先生でも診ることができ、実際診ている先生も多いと思われますが、そういった内科の先生方のために分かってもらった方がいいと思われる内容などがご紹介されることになっています。
■開業医の立場で総会を企画
――今回、開業医の十河先生が学術総会の会頭をお務めになっていますが、開業医の先生が会頭をお務めになるのは珍しいことなのでしょうか。
十河 近年では大学の先生方が学術総会の会頭を務められることが多くなりましたが、東洋医学は開業医からスタートしており、何年か前までは一開業医が学術総会の会頭を務めていました。21年前(昭和61年)にも広島で総会がありましたが、開業医の小川新先生が会頭を、私が準備委員長を務めました。当時は各地の指導的立場にある先生が会頭を務められました。
総会の内容も、われわれ開業医が企画しますと、大学の先生方が企画するものと比べ随分と違ったものになると思います。開業医は東洋医学・伝統医学と真剣に向き合い診療し、問題点を考えながら取り組んでいますので、総会の内容もそのような視点で企画しました。
――先生が東洋医学の道に入られたきっかけはどういった理由からですか。
十河 精神神経科だった私は広島のある病院で院長をしていた頃、患者を診るが西洋医学ではどうしても治らない、あるいは症状が落ち着いたと思って退院させたら、203カ月すると再発が起こる患者さんがいました。治してもすっきりと治らず、そのうちに社会的な能力の欠如や感情の鈍麻が目立ってきて、漢方を使えば症状を改善できるかもしれないと使い出したのが始まりです。その後、開業して本格的に東洋医学の道へのめり込みました。鍼灸などの勉強をしながら、経絡診断、経絡治療を独自に考案し、その研究は今も継続しています。