か弱い鬼を追い払う豆まき

作家 高田崇史
新年ですので、節分の話など。
もともと節分は、その名前の通り「立春」「立夏」「立秋」「立冬」の、季節を分ける日でした。しかしやがて、年の変わり目(年が改まる)「立春」が特に重要視されるようになり、今では「節分」というと二月初頭の「立春」の前日というイメージで、現在でも四柱推命などでは、この翌日から「新年」と考えます。
そして、これら節分の行事は、平安時代の『蜻蛉日記』などにもあるように、宮中で執り行われていた「追儺(ついな)」「鬼遣(おにやら)い」に端を発しているといわれています。ところが、実はこの「追儺」の「儺」という文字の本来の意味は「正しい歩き方」「正しい貌(かお)」「従順で素直」という意味なのです。つまり言葉の意味を求めれば、「正しい」鬼たちを追い払うのが、節分の行事ということになります。
春になると我々は、その「従順」な鬼たちに向かって豆を投げつけて、自分の家から追い払うのです。そして彼らは、たかだか子供が投げつけてくる豆粒ごときで褌一丁、あるいは虎のパンツ一枚で二月の厳寒の夜の中に追い出されてしまうほど、か弱い生き物なのです。
これは一体どういうことなのでしょう? それほど弱々しい生き物ならば、せめて季節がもう少し暖かくなるまで待ってあげて、それから追い出せば良いのではないでしょうか。
この節分に関しては、もう一つ大きな疑問があります。それは、豆まきの行事には必ず相撲取りの方々が参加されて、「鬼は外」と声を張り上げて豆を撒かれていることです。
しかし、相撲取りの始祖は「野見宿禰」であり、菅原道真の祖先でもあるこの人物は、垂仁天皇の時代、まごうことなき立派な「鬼」でした。ということは現在、相撲取りたちは自分たちの(職業上の)先祖を自ら追い払っているということになります。何故、彼らはそんなことをするのでしょう。とても不思議な話です。
御輿は神聖か、穢れたものか
不思議といえば、以前に沢史生さんという方から訊かれました。
「どうして我々は、御輿に塩や水を撒くのか?」と。
この言葉には、頭を殴られたようなショックを受けました。まさにその通りで、我々が「塩を撒く」「水を撒く」といったら、それは穢れを祓うためだからです。それこそ土俵入りもそうですし、葬式帰りに玄関先で自分の体に塩を撒くのは、自分の身にまとわりついているであろう死穢を、家の中に入れないようにその場で落とすためです。また、嫌な客が帰った時、昔は「そのあたりに水撒いとけ!」と言ったものでした。同時に「冷や水を浴びせる」というのは「意気込んでいる人に、傍らから元気を失わせるような言動をする」という意味です。
しかし御輿には、自分たちの祖先の神や、地主神や、村の守り神が乗られているはずです。どうして我々は、その御輿に向かってそんなことをするのでしょう。御輿や神々はそれほどまで穢れているというのでしょうか。それをみんなで担いでいるのでしょうか。
ちなみに「担ぐ」という言葉は、広辞苑にこう書かれています。
1:肩にかけて担う。
2:まつり上げる。名義上押し立てる。
3:身に引き受ける。
4:欺く。だます。
5:縁起を気にする。
ここで問題は、2番と4番です。まさに御輿に乗られた神々は、この状態にされてしまっているのでしょう。いみじくも童門冬二さんが書かれています。「あの担ぎ方は今も伝えられているが、よく見ると、ワッショイワッショイと掛け声は勇ましいが、担いだ人間の足は足踏み状態だ」と。果たしてこれが神聖であるはずの「神」に対する態度なのでしょうか。