武田薬品は19日、スイスの製薬企業「ナイコメッド」を96億ユーロ(約1兆1200億円)の現金で買収すると発表した。9月末までに手元資金と借入金でナイコメッドの全株式を取得し、完全子会社化する予定。武田は、過去最大級となるナイコメッドの買収により、出遅れていた欧州、新興国の販売網を一気に獲得。主力品の特許切れに直面する中、世界28カ国から70カ国に進出地域を拡大し、成長著しい新興国市場に本格参入する。また、COPD治療薬「ダクサス」等の新薬も獲得し、売上高は世界16位から12位に浮上する。都内で記者会見した長谷川閑史社長は、「今回の買収により、これまでの弱点を相当に補強できる」と強調した。
武田は、生活習慣病の大型製品による米国中心の事業展開を進めてきたが、主力品の相次ぐ特許切れに直面し、事業構造の大幅な転換が迫られていた。「11-13中期計画」では、新興国市場の販売力強化、進出地域の拡大を打ち出し、わずかシェア3%と出遅れている新興国市場の獲得が急務となっていたが、今回1兆円に上るナイコメッドの巨額買収で、一気に解決を狙った格好。交渉は「昨年秋から行ってきた」(長谷川氏)とされ、約半年かけて合意にこぎ着けた。買収資金は、手元資金8700億円のうち5700億円と、約6000億円の借入金で賄うという。
ロシア、中南米に強いナイコメッドの買収により、大きな課題だった欧州、新興国の販売基盤を強化。売上高は欧州で倍増、新興国で約5倍増と一気に拡大し、全世界でも16位から12位に浮上する。地域バランスも15年度には、新興国と欧州の占める割合を10年度の18%から42%まで大幅に拡大する。ただ、後発品事業については、現時点で参入しない方針。ナイコメッドが新興国で築いてきた信頼感を重視し、ブランドジェネリックを目指すとした。
さらに、ナイコメッドが欧米で承認取得済みのCOPD治療薬「ダクサス」を獲得。新興国事業と「ダクサス」を成長ドライバーに位置づけ、中期計画で発表した13年度の業績見通しを売上高1兆6800億円、営業利益4000億円(買収に伴う特殊要因除く)に引き上げた。買収後3年以内には、年間300億円のコストシナジーを実現するとしている。
長谷川氏は、「ナイコメッドの買収は、グローバル企業の成功要件を満たすもので、お互いの強みを存分に生かした相乗効果が発揮できる」と意義を強調。「売上ランクは考えていない。世界の医薬品市場が激しくシフトする中で、バランスの取れたプレゼンスを確保するのが狙い」と述べた。
ナイコメッドは、スイスのチューリッヒに本社を置く製薬企業。昨年度売上高は28億ユーロ(約3270億円)、従業員数は約1万2500人。抗潰瘍剤「パントプラゾール」等の新薬を販売するほか、ロシア、中国、ブラジル、トルコ、メキシコ等の新興国に強い。
弱点を再度補強‐最大の試金石に
武田は、08年に米アムジェン日本法人、米ミレニアムを相次いで買収し、出遅れていたバイオ医薬品と癌領域の強化を図った。特にミレニアムの買収は88億ドルに上る巨額投資で、これが「2010年問題」の有効な対策の一つになり得るとされてきた。しかし、その後わずか3年間で、世界の医薬品市場を取り巻く環境は大きく変化。とりわけ成長著しい新興国市場が無視できない存在となり、新興国に出遅れていた武田は、時間を買うため「過去にない巨額の投資」だったミレニアムを上回る1兆円以上の買収劇に行き着いた。それだけ特許切れの危機感が大きいことの表れと言えるが、残された資金と時間は少なくなった。ナイコメッド買収は、15年度以降の成長回復を占う最大の試金石となりそうだ。