ほとんどの白血病や固形癌に高発現しているWT1のペプチドを用いた免疫療法の第I/II相臨床試験を実施したところ、高い臨床効果が確認されたことが、都内で開かれたトランスレーショナル研究成果発表会で、杉山治夫氏(大阪大学機能診断科学)から報告された。特に最も悪性度の高い脳腫瘍では、58%でSD(不変)以上の成績が得られている。現在、さらに全国的な多施設共同臨床試験が計画されており、製薬企業によるWT1ペプチドの製剤化も進められている模様だ。
WT1はウィルムス腫瘍の原因遺伝子として単離された遺伝子。ウィルムス腫瘍はWT1遺伝子が欠損したり、突然変異が起こることによって発症することから、WT1遺伝子は癌抑制遺伝子に分類されている。その野生型WT1遺伝子の発現が調べられたところでは、精巣,卵巣,子宮,腎,中皮組織などの限定された組織でのみ発現しており,腎の発育に必須であることが分かっている。
杉山氏らは、野生型のWT1遺伝子がほとんど全ての白血病や固形癌に高発現していることを見出している。その白血病での発現量は正常骨髄細胞の約1000倍、正常末梢血細胞の約10万倍と報告されている。しかも、病気が進行するに従って発現量が増加し、発現量が高いほど寛解率が低くく、予後が悪い成績が得られている。
白血病ばかりでなく、胃癌や大腸癌、肺癌、乳癌などの固形癌でも高発現しており、それが癌の発生や増殖に働いているという「癌遺伝子」であることも明らかにされた。
WT1遺伝子が白血病や各種の固形癌で高発現していることから、杉山氏らはWT1蛋白が癌抗原性になるのではと検討し、WT1ペプチドを用いた癌の免疫療法を世界に先駆けて実施した。作製されたWT1ペプチドは、449個のアミノ酸からなるWT1蛋白から、MHCクラスI分子への結合に必要なアンカーモチーフをもった9個のアミノ酸を選択し、合成されたもの。この9個のペプチドで、人末梢血リンパ球を刺激したり、マウスを免役すると、WT1特異的な細胞傷害性T細胞(CTL)が誘導できることが確認されている。
研究ではまず、作製したWT1ペプチドを用いた免疫療法の安全性を明らかにするため、2001年8月から第I相臨床試験をスタート。26人の癌患者にWT1ペプチドが投与された結果、WT1ペプチドを用いた免疫療法が安全かつ有効であることが分かった。そこで、さらに臨床効果を高めた第I/II相試験が計画され、これまでに様々な固形癌や白血病患者164人にWT1ペプチド免疫療法が行われている。
その結果、WT1ペプチド免疫療法の副作用をめぐって、正常造血を維持している固形癌や白血病に対して安全であること、臨床効果についても様々な固形癌で認められることが明らかになった。特に、全ての既存治療が終了した最も悪性の脳腫瘍(グリオブラストーマ)の再発例では、19例中2例にPR(部分寛解)、9例でSD(不変)が得られている。PD(進行)も8例あったが、杉山氏らは「予想を超えた臨床効果が得られた」としている。
実際、SDの9例中2例はその後腫瘍縮小が得られており、PD8例中3例はその後SDに推移し、全体のコントロールレートも57.9%だった。しかも、今回実施されたWT1ペプチド免疫療法の評価は、従来の抗癌剤の効果判定に用いるRESIST判定基準に合わせており、評価後にSDやPRが得られた例は「無効」扱いとなっている。免疫療法の効果をどう評価するかには問題が残されているところで、抗癌剤の判定基準ではなく、適切な判定法が確立されれば、より有用性のある評価が得られそうで、「十分なポテンシャルを持つ治療法になり得る」とされた。
これまでに、他の固形癌患者に比べて免疫系が維持されていると見られる小児癌、脳腫瘍の患者でより高い効果が確認されている。また、既に製薬企業がWT1ペプチドの製剤化を進めている模様だ。杉山氏らは今後、より強力なアジュバントを使うなどしてWT1ペプチドの免疫能を高め、さらに臨床効果を高めた上で、新たなWT1ペプチド免疫療法の臨床試験を多施設共同で実施していきたい考えだ。