医薬品開発の新しい手法として、数学的なモデルで臨床データのPK/PDを予測する「ファーマコメトリクス」が注目を浴びている。製薬企業の研究開発費が年々高騰する一方、米国FDAが承認する新薬数は減少の一途を辿っている。こうした状況を受け、臨床試験デザインによって開発の失敗リスクを解消するため、2004年にFDAは「クリニカル・パス・ホワイトペーパー」で、数学的モデルに基づいた医薬品開発(MBDD)を提案。さらに、早期第II相試験終了時に治験相談を行う方針を打ち出し、新薬開発の成功確率を上げる取り組みを強化し始めている。先の第30回日本臨床薬理学会年会では、ファーマコメトリクスのあり方が議論され、日本でも積極的に数学的モデリングとシミュレーションの手法を取り入れるべきとの意見が相次いだ。
MBDDは、PK/PDと薬効を計算式によって数学的にモデリングし、シミュレーションする手法(M&S)で、既にFDAはファーマコメトリクスを活用したデータ提出によって、2本の検証試験を1本で認める方針を打ち出している。FDAの方針は、莫大な開発費用を削減できることを意味し、欧米製薬企業は、こぞってファーマコメトリクスへの資金投入を一気に加速させている。
バイエル薬品の谷河賞彦氏は、小児適応への抗菌薬投与量のシミュレーションを行った結果、実際には有効性が示されたものの、シミュレーションで予測した投与方法の設定とは異なっていた事例を挙げた上で、「医薬品開発にとってMBDDは便利だが、経験と勘をサポートするものでなければならない」と指摘。「今後、もっとチャレンジして、医薬品開発のパラダイムを変えていかなければならない」と訴えた。
ファイザーの井洋一氏は、数学的モデリングとシミュレーションを用いた「定量的意思決定」の事例を紹介した。抜糸後疼痛を適応とした選択的COX‐2阻害薬の開発中、数本の薬物動態試験、カプセル剤の第II相用量探索試験において、対照薬に劣るという、予測と異なる結果が得られた。
そこで、経口液剤とカプセル剤で薬物動態の比較を行ったところ、PKプロファイルの差異が判明。これが予測と異なる結果の原因と考えられたが、新しいカプセル剤の開発には約9カ月が必要となることから、開発を継続するか中止するかの、早急な判断に迫られたというケースだ。
改めて、経口液剤での有効性を予測し、予測された有効性が対照薬に対して期待が持てる場合は、次の試験を実施することとし、数学的に定量的意思決定の基準を設定したという。井氏は、「シミュレーションでは、モデルのパラメータの不確実さも反映させることで、真の状態を知ることができる」と指摘。これまで、経験と勘に頼ってきた意思決定の基準も、定量的に評価できるとした。
また、医薬品医療機器総合機構の永井尚美氏は、エノキサパリンの腎機能障害患者における用量調節、インフリキシマブの投与間隔短縮に母集団薬物動態解析(PPK)や数学的モデリングを活用したデータの審査を行った実例を示した上で、「数学的モデリングとシミュレーションの手法は有用で、日本でも患者のPKを解析できる環境が整ってきている」と評価。「リスクベネフィットの評価は個々の医薬品で異なるので、数学的モデリングとシミュレーションの手法を適切に応用するためには、臨床・生物統計、薬物動態担当者、開発・医療現場・審査の協力体制が鍵になる」との考えを示した。