日本薬剤師会は2003年3月6日、「処方せんのファクシミリ送信に係る見直し・改善について」という都道府県薬剤師会長宛ての依頼通知を、会長名で発出した。この中ではFAX分業を過渡的なものと位置づけ、将来的な「縮小・廃止」という方向を打ち出した点が大きな特徴だ。ところが最近、この通知に対して日本保険薬局協会(NPhA)が、薬剤師会の対応が進んでいないことを批判し物議を醸した。それに対し日薬も、具体的対応を図っていることを明らかにするなど、波紋が広がっている。
FAXを利用した処方せん送信については、患者待ち時間の短縮、かかりつけ薬局における処方内容の事前チェックなど、面分業の推進や患者サービス向上に資するという考え方から、厚生省(現厚生労働省)が1989年11月に、利用を認める通知を出した。
通知が出された平成初期は、全国各地で大学病院や国立・自治体立病院等の基幹病院が院外処方せんの発行に踏み切り、支部薬剤師会などが対応に苦慮していた時期でもあった。実際にに厚生省からの通知以後、処方せん発行を開始する大病院に、次々とFAXコーナーが設置され、処方せんの円滑な応需に、大きな力となった事実は否定できない。
他方、FAXコーナーの設置・運営に関して、一部に不適切な事例も見受けられた。このため日薬は98年8月26日付の通知で、FAXコーナーの運営や経費徴収のあり方などについて、都道府県薬に再確認を求めた。
だが、その後も不適正な事例報告が続き、厚生労働省と都道府県による共同指導等でも、問題点が指摘された。そこで日薬は03年3月、改めて通知を発出し、FAX送信のあり方や運営等について、見直し・改善を要請した。
03年の通知で日薬は、FAX送信自体を否定するわけではないとしながら、患者が院外処方せんに慣れるまでの過渡的サービスと位置づけ、将来にわたって行われるべきものではないとの考え方を明らかにし、「将来的に縮小・廃止」という方向を打ち出した。
特にFAXコーナーが、設置した薬剤師会の収益事業として運用される状況が一部で見られたことに対し、「本来の設置目的から逸脱したもので、早急に改善されなければならない」と指摘すると共に、利用の要・不要や送信先の選択などを含め、「患者が自ら判断し、患者自らの費用で実施されるべきもの」との見解を示している。
こうした考え方に従って通知では、都道府県薬に対し、「既にFAXコーナーを設置・運営している薬剤師会においては、病院側とも協議の上、同コーナーの縮小・廃止(必要に応じて公衆FAXの設置等)について、段階的に計画・実施されたい」と求めた。
膨らむ所要経費、不明瞭な運用も
現実には、FAXコーナーの縮小・廃止は遅々として進んでいない。背景として、設置・運用に対する医療機関からの強い要請があり、廃止することが困難というケースがあることも事実だ。
その反面では、▽料金設定の根拠など詳細が不明確で、運用の中身が公開されない▽院内窓口の延長上にFAXコーナーがはめ込まれ、結果的に患者をFAX送信へ誘導している▽一部の調剤チェーンに対し、受け付け枚数に関係なく“割当金”を要求する――等の不適切な運用事例も指摘されている。
今春以降、日本調剤が薬剤師会から“退会”した。その理由について同社は、年間8000~9000万円まで膨らんできた薬剤師会関係の経費を、“削減”することが最大だったと説明している。実際に薬剤師会関係費用の4割前後が、FAX分業にかかる経費だという。
特に日本調剤は、ほとんどが大型病院の門前へ出店する方式を採っており、患者が同社店舗での調剤を希望する場合、FAX送信するメリットは小さい。要するに受信する薬局にとっては、FAX利用に支払うコストは不要なものであり、株主に説明のつかない経費と位置づけられていた。加えて度重なる調剤報酬の切り下げ、薬価の圧縮など受けて、経費の洗い直しを行った結果、社員の薬剤師会関係費用について、肩代わりを取りやめる、つまりは退会という手続きに至ったわけだ。
日本調剤の退会以降、表立った大きな動きは見えていないが、退会という日本調剤の対応への評価などを測りながら、水面下でコスト削減の機会をうかがっている企業も少なくないようだ。
日薬も委員会で対処方針を検討
一方、FAXの不適切な運用実態を重く見たNPhAは、加盟社の店舗を対象に実態調査を行い、その結果を4日に記者会見で明らかにした。中間集計として、全5590店舗のうち2319店舗の状況をまとめたところ、FAXに要する経費が年間5億5000万円余に達していることが分かった。
柏木實NPhA専務理事は、「日薬もFAX分業が一定の役割を果たし、今や縮小・廃止の方向を求めているにもかかわらず、支部が守らないことは納得できない」と指摘。そのため「(厚労省や公正取引委員会等の)ニュートラルな場による裁断を求めるべきと思っている。そこで具体的な事例を挙げていかなければならない」とした。
今回のきっかけとなったのは、広島市薬剤師会が非会員となった日本調剤に利用料の割り増しを求めたことだが、柏木氏はこうした問題を含め、加盟各社から不適切と思われる具体的事例を集め、必要があれば抗議することもあり得ると述べた。
それに対し日薬の石井甲一専務理事は5日の会見で、「悪いところは正していく」との認識を示し、再度、具体的な通知を検討する意向を表明した。実際に処方せんのFAX送信に対しては、会員薬局からも少なからず苦情が報告されている。そのため日薬では、既に職能対策委員会を中心に検討が進められており、今後、問題解決に向けた意見を取りまとめ、執行部に提言される予定になっているという。
このようにNPhAは、FAX分業の縮小・廃止に向け、積極的に取り組む姿勢を打ち出した。これはNPhAが、組織として一つ脱皮し、新たな段階へ進んだことの現れである。当然ながら背景には、加盟各社が厳しい経営環境に晒されていることがあり、生き残りをかけたチャレンジと言えよう。同時に、日薬もNPhAの意思表示を受け、前向きに取り組む考えを明らかにしているだけに、いち早い解決が待たれるところだ。
さらにNPhAは、「日薬、都道府県薬、支部会費のほかに分業促進費、レセプト点検費、保険薬局部会費、FAX維持費など様々な名目で請求がくる」とし、薬剤会にかかる経費が多岐にわたることも指摘。「一部には目的・経理面が不明確な面も見られ、しかも各県や地域によってマチマチ」と、費用徴収のあり方強い不満、不信感を表明した。
特に問題視しているのが薬剤師連盟の会費。通常の薬剤師会費とは性格が異なるものの、一部地域では連盟会費がセットで請求される実態もあるとしており、柏木専務は「これまで長いものに巻かれてきたが、今後は問題点や課題をはっきり指摘していく」と述べた。日本調剤の退会を契機に、薬剤師会に“もの申す団体”へ姿を変えていくという意思表明と見ることができる。
長年にわたって培ってきた歴史と実績には重みがあり、高く評価されるべきであるが、一方で時代の変化にそぐわない旧態依然とした慣習などが残っている面も否めない。
医薬分業の黎明期に都道府県薬は、“保険薬局部会費”などの名目で、調剤した処方せん1枚につき一定額を別立て徴収し、分業推進費に還元する体制をとってきた。しかし今や大多数の薬局が処方せんを応需しているため、会費の中で保険薬局部会費が急速に膨れあがっている事例もある。
また会員構成も、チェーン薬局の台頭、勤務薬剤師の急増により、開設者を中心とする従来の会費徴収・運用では、対応仕切れなくなってきたのも事実だ。事業運営の方法も、会員構成の変化を受けた変革が求められている。
NPhAは薬剤師を社員として雇用し、事業展開を目指す企業の代表者の集まり。片や薬剤師会は、あくまで個々の薬剤師を尊重し、その職能を向上させていく立場である。従って、組織の目的や性格、目指すべき方向が本来的に異なっており、両者の間に摩擦が生まれるのも当然である。
だが、医療に携わる薬剤師の職能が確立、発展していかない限り、薬剤師の社員で構成される企業は存続できない。薬剤師会は歴史の持つ重みを踏まえつつ、時代の変化を柔軟に取り入れた組織、運営の推進が求められよう。