東京大学薬学研究科蛋白質代謝学の村田茂穂教授らの研究グループは、細胞内で蛋白質の分解を行う酵素複合体の「プロテアソーム」が形成される仕組みを明らかにした。プロテアソームは、抗癌剤の新たな分子標的として注目されており、既にプロテアソーム阻害剤のボルテゾミブ(商品名ベルケード)が、多発性骨髄腫の治療薬として、世界で臨床使用されている。村田氏らが明らかにしたのは、プロテアソームの調節ユニットで、プロテアソーム形成に働いている19Sプロテアソームの形成機構。その形成を阻害することができれば、プロテアソームの活性を阻害する治療薬よりも特異性が高く、副作用の少ない薬剤開発につながることが期待されている。
プロテアソームは、細胞内で不要になった蛋白質を選択的に分解し、除去することで、細胞を健全な状態に保つ役割を果たしている。中でも、ユビキチンで標識された蛋白質を分解する系はユビキチン‐プロテアソームシステムと呼ばれ、細胞周期制御や免疫応答、シグナル伝達といった様々な働きに関わっている。
その機能亢進や低下が疾患の発症に関係しており、癌細胞ではプロテアソーム機能が亢進している例が多いことが分かってきている。癌との関わりで、特に重要だと考えられているのが転写因子のNF‐κBの活性化で、プロテアソームはNF‐κBに結合して不活化しているIκBαの分解に働いている。NF‐κBはサイトカインや接着分子などの転写を調節して、腫瘍の細胞浸潤や転移、血管新生、アポトーシスの回避などに働いていることから、NF‐κBを活性化するプロテアソームの阻害が、抗癌剤開発のターゲットになっている。
また、ユビキチンシステムは、細胞周期の各段階でも働いている。具体的には、M期からG1期への移行には、ユビキチンシステムによるサイクリンBの分解が不可欠とされるなど、その制御が癌の増殖抑制につながると見られ、新たな抗癌剤の分子標的として、プロテアソーム形成機構の解明が課題になっていた。
プロテアソームは、ユビキチンで標識された蛋白質を捕捉し、その構造を解きほぐすことによって分解可能な状態にする19Sプロテアソームと、蛋白質分解を実行する20Sプロテアソームから構成され、完全な機能を持つ26Sプロテアソームとして、生物活性を発揮する。村田氏らが着目したのは、そのうちの19Sプロテアソーム。これまで、プロテアソームの活性を調節する19Sプロテアソームがどのように形成されるのかについては、分かっていなかった。
そこで、ヒト腎臓癌由来の細胞などを使って調べた結果、19Sプロテアソームの形成には、ガンキリン、p27、S5b、PAAF1の四つの分子が介在することを突き止めた。この四つの分子は、プロテアソームを構成する部品と複合体をつくり、19Sプロテアソームが完成するまでエスコートする分子シャペロン蛋白質で、それらが消失することによって、26Sプロテアソームの生理活性が失われる。
中でも、ガンキリンは、元々癌遺伝子として発見された分子で、村田氏らは「ガンキリンなどの阻害剤が開発できれば、プロテアソーム活性を阻害するよりも、癌細胞に対する特異性が高く、副作用の少ない治療が可能になる」としている。