医療薬学の扉は開かれた―薬学教育6年制元年―
9月30日、10月1日 金沢市観光会館など9会場
年会長 宮本謙一氏(金沢大学教授、医学部附属病院副病院長兼薬剤部長)に聞く
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第16回日本医療薬学会年会が9月30日、10月1日の2日間、「医療薬学の扉は開かれた―薬学教育6年制元年―」をメインテーマに、金沢市の金沢市観光会館など9会場で開催される。医療薬学への注目度の高まりとともに学会員や年会参加者はここ数年、鰻登りに増えている。年会長・特別・教育・招待講演が計12題、シンポジウムが16題あるほか、1157題もの一般演題(口頭164題、ポスター993題)などがある。病院薬剤師だけでなく薬局薬剤師、大学関係者ら5000人以上の参加者が見込まれ、幅広い視点から医療薬学が討議される予定だ。今回の年会について、メインテーマに込めた思いやプログラム編成の意図などを年会長の宮本謙一氏(金沢大学教授、医学部附属病院副病院長兼薬剤部長)にお聞きした。
本社 メインテーマに込めた思いや背景について教えてください。
宮本 薬学教育6年制が今年度から始まりました。6カ月間の実務実習を含めて、修業年限が2年間延長された訳です。新しい薬学教育をいかに成功させるのか。薬剤師として豊富な臨床経験を持ち、6年制への変更に伴って薬学部の教員になった「実務家教員」がその鍵を握っていると思います。
これからの医療薬学を形作っていく主体は、実務家教員です。しかし、現状はどうでしょうか。確かに、数多くの薬剤師が実務家教員として大学に所属していますが、大学の中に留まってしまっています。医療の進歩はものすごく早い。新しい薬は次々に登場し、薬剤師の役割も変化しています。大学の中に居るだけでは、203年もすればその進歩から取り残されてしまい、浦島太郎か陸に上がったカッパになってしまいかねません。それでは何のために実務家教員が存在するのか分からない。大学の中に留まらず、臨床現場に足場を置いた教育や研究を積極的に展開する必要があります。
医学部には基礎講座と臨床講座がありますが、薬学部には基礎講座はあっても臨床講座はありません。こうした現状を変革し、医学部の臨床講座に相当するものを薬学部も作ることが重要です。その拠点は、医学部のように病院に置くべきです。
臨床現場は門戸を開いて、臨床薬剤師教育のノウハウの全てを放出する覚悟でいます。臨床現場は心も扉も開いて待っています。実務家教員は、ぜひここに飛び込んできて欲しい。現場の薬剤師と連携してやっていくのか、これまでのように実務実習は現場の薬剤師に委ね、教員はスケジュール管理や講義に徹するのか。開かれた扉を広げるのも閉じるのも、大学や実務家教員次第です。
もし仮に消極的な姿勢を続けるなら、修業年限は延長されたのに、社会の要求を満たす薬剤師を輩出できなくなる恐れがあります。そうなれば薬学不要論にまで発展しかねません。だから今はものすごく重要な時期だと思うのです。
本社 病院に臨床講座を設け、実務家教員を派遣するという取り組みを大学が積極的に進めるべきだとお考えなのですね。
宮本 薬学部を持つ国立大学の医学部附属病院薬剤部の考えは皆、同じなのではないでしょうか。実務実習の費用が議論されていますが、我々は附属病院ですから費用を徴収できないでしょう。その中で、6年制に伴い2・5カ月に延長された病院での実務実習を実施しなければいけないのです。
数人の薬剤師が実務実習にかかりきりになると想定されますが、ただでさえ臨床現場の人手は不足しています。大学から教員に来てもらわないと、とても実務実習はできません。大学病院のような薬剤師数が多いところでも、102人の薬剤師が欠けるのは大変なことです。一般病院ではなおさらでしょう。大学が教員を派遣する、あるいは、指導者を雇うだけの費用を出すなどの対策をとらないと、実務実習は円滑に進みません。
国立大学病院の薬剤部は、臨床現場に足場を置き日常業務も行う教員を擁する臨床講座を、現場に設置するよう求めています。現在ほど、医療薬学を実践する教員が求められている時代はありません。それなのに、現場は今までと同じように実務実習をやってくれるだろうと考えて、理解を示さない教員も一部にはおられるようです。
こうした中、先進的な取り組みが東海地方で始まりました。名城大学の薬学部が、実務家教員として採用した名古屋大学病院の薬剤師をこれまで通り病院に派遣し、日常業務を手掛けながら実務実習も担当するという取り組みです。これは、大学と現場が連携する、ひとつのモデルになるとみています。
本社 16題のシンポジウムが企画されていますが、その背景を解説していただけますか。
宮本 4つのKを意識しました。薬学教育6年制が始まった今、まずは「教育」をあげなければなりません。教育内容の充実が問われています。乱立した薬学部同士の「競争」も激しくなります。4+2年制と6年制とどちらの教育体系が上手くいくのかという「競争」もあります。薬学部と医療現場がどのように「協調」するかも問われます。
医療現場では、各医療職種と薬剤師の「協調」によるチーム医療が重要です。薬剤部は病院の中では最も小さい組織の一つです。存在感を発揮しなければ、すぐにつぶされかねません。
診療支援部を新設し、その下に薬剤部を位置づけるという構想が数年前に出されました。実際に、そのような組織体系を採用する自治体病院は少なくありません。チーム医療の一員として役割を発揮し、院内で存在感を示す必要があります。
金沢大学病院では薬剤師が全病棟に足を運んでいます。もし仮に薬剤師を病棟から引き上げると言えば、強く引き留められるでしょう。薬剤師がいないと医療が上手く回らない存在にまでなっているのです。
また、医薬分業が進展する中、病院薬剤師と薬局薬剤師の「協調」も重要になってきます。薬薬連携を強化してファーマシューティカルケアの実践が求められます。
もうひとつは「貢献」です。患者さんや社会に、薬剤師がどのように貢献していくのか。医療の進歩、薬剤使用の適正化やジェネリック医薬品の使用によって患者さんの負担や医療費の減少などに貢献して社会の期待に応えなければなりません。
教育、競争、協調、貢献という4つのKに該当するシンポジウムを企画したつもりです。
本社 シンポジウムの見どころや聞きどころを、具体的に紹介してください。
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宮本 4つのKの中でも、教育が最も重要だと考えました。教育に関して4題のシンポジウムがあります。また、カリフォルニアサンフランシスコ大学のKishi教授が米国の薬学教育を解説する特別講演を始め、薬学教育をテーマにした複数の教育講演を企画しました。
シンポジウム1「薬学教育における附属薬局を含む学内外関連施設の活用とその問題点」では、附属薬局を持つ大学の関係者らが現状と課題を報告します。
シンポジウム3では「アジアの薬剤師教育」として、日本、タイ、韓国、中国の大学教員から現状が示されます。Kishi教授の特別講演もこのシンポジウムも同時通訳がつきます。
医療薬学会教育委員会の企画によるシンポジウム4では「薬学教育を充実したものにするにはどうすればよいか」をテーマに大学、病院、薬局の立場から発表があります。
シンポジウム9「薬学教育における実務家教員への期待とその役割」では、実務家教員に対する要望や活動事例が示されます。ほとんどのシンポジウムは午後に組みましたが、皆さんに聞いていただきたいのでこれは午前の開催にしました。
本社 そのほかのポイントを教えてください。
宮本 シンポジウム7「薬薬連携について考える:なぜ私たちは分かれてしまっているのだろう」は、薬局薬剤師に企画してもらいました。薬局や病院の薬剤師ら8人の演者が発表します。1時間ほど費やして総合討論を行う予定で、活発な意見交換を期待しています。
同じ薬剤師免許を持ちながら、昔は病院と薬局で業務が異なっていました。しかし近年は、処方せんによるつながりができてきました。患者さんの情報をお互いがいかに伝達し、共有化するかが問われています。特に薬局薬剤師にとって患者情報の入手は課題です。病院では、カルテや医師などから簡単に情報を入手できますが、薬局はそうではありません。薬剤師同士で患者情報を上手く交換、提供していかねばなりません。
退院時に、サマリーをまとめ情報を提供する取り組みは看護師は当たり前のように行っていますが、病院薬剤師はあまり実行していません。手間の割に診療報酬が低いことが影響しているためですが、それでも、患者さんのためを思えば積極的に手掛けていく必要があります。
一方、薬局薬剤師からの情報発信としては、患者さんとの対話などから得た情報を「服薬情報提供書」としてまとめ、医師にフィードバックする取り組みが広がりつつあります。その事例も発表されます。
また、シンポジウム16では「薬薬連携:一般名処方・代替調剤を考える」をテーマに、それぞれの立場から報告があります。注目を集める話題ですから、隣接する会場でも中継する計画です。
このほか、参加者自らが模擬患者(SP)を体験し、SP養成のノウハウを学ぶワークショップ「模擬患者(SP)研修を開催してみよう」なども行われます。
本社 参加者数の見込みはいかがでしょうか。
宮本 医療薬学会は会員数が右肩上がりに増えており、6000人台が目前です。年会への参加率が高く、ここ数年参加者は毎年1000人ずつ増加しています。昨年は4000人でしたが、今年は500006000人と予測しています。
もともと本学会は日本病院薬剤師会が母体となって創設されましたので、病院薬剤師が中心の小規模な学会でしたが、医療薬学への関心が深まるにつれて、薬局薬剤師の参加が増え、薬学教育6年制の実現に伴って大学関係者の参加も増えています。
本社 一般演題もかなり集まったようですね。
宮本 会場の関係から、一般演題の全てをポスター形式にできないという事情があった上、学会本部からの要請もありましたので、口頭発表を復活させました。口頭発表は164題、ポスター発表は993題で合計1157題の一般演題があります。昨年と同程度の800題のポスター発表を想定しておりましたが、予想以上に申込があり、急きょ近隣の小学校の体育館を借りて、ポスター発表会場を増やしました。
今回の年会では、アジア諸国の一般演題(ポスター発表17題)から「Asia Travel Award」、一般の口頭発表から「優秀発表賞」、ポスター発表から「ベストポスター賞」を選出し、年会長賞として最終日の閉会式で授与します。座長を中心に260人の審査員が、発表要旨の内容、発表態度、発表内容のレベル、表現法、内容の有用性、質疑応答の内容を各5点満点で評価するものです。医療薬学会年会として初の試みで、若手参加者の更なる意欲を引き出すのに有効だと考えています。
本社 参加者が増える中、会場の設定に苦労されたようですね。
宮本 大変でした。金沢には大きなコンベンションセンターがありません。そのため、9施設に分散する格好になりました。ただ、各施設は徒歩5分もあれば移動できる距離にあり、天気が良ければ何の問題もありません。兼六園や金沢城公園、片町の繁華街もすぐ近くです。この時期は雨は滅多に降らないのですが、“弁当忘れても傘忘れるな”という土地柄ですので、ぜひ傘をお忘れ無きようお願いします。
本社 ほかにイベントはありますか。
宮本 金沢21世紀美術館で2日間にわたって、各薬系大学の特別展示を行います。全国67大学のうち38大学が出展する予定です。
また、同じ会場で、加賀谷肇先生(済生会横浜市南部病院)のお世話による特別パネル展示「がん疼痛緩和への薬剤師のかかわり 多施設共同臨床研究会SCOREーG」と、掘田清先生(北海道医療大学薬学部)所蔵の写真パネルによる「いやしの植物写真展」のくつろぎ空間を設けることにしています。
また、30日の金沢市観光会館メイン会場で午後2時から午後5時半までの3題の教育講演と1題の招待講演を、オープンレクチャー「21世紀の医療において期待される薬剤師の役割」とし、一般や非学会員にも無料開放します。
さらに、1日の午後には石川厚生年金会館で「いきいきとしたシニアライフを生きるために」をテーマに市民公開講座を開催します。作家の渡辺淳一氏の講演「充実のプラチナ世代の生き方・考え方」、山田正仁先生(金沢大学医学部附属病院神経内科教授)の講演「認知症の予防と治療ーアルツハイマー病を中心に」などがあります。
本社 最後に参加者への呼びかけをお願いします。
宮本 薬学教育6年制の実現は、多くの薬剤師にとって悲願でした。しかし、喜んでばかりもおれません。現状をしっかり認識した上で、社会的な要請に応えられるだけの薬学教育や臨床現場での活動を展開しなければいけません。
薬学教育6年制が始まり、院外処方せんの発行率が50%を越えた現在は、ちょうど分岐点といえます。今後、薬剤師の存在意義が強く問われるようになるでしょう。この医療薬学会年会が薬剤師業務と薬学教育の将来の方向性を築き上げていく機会になれば嬉しく思います。