有効な治療法が少ない難病の全身性エリテマトーデス(SLE)をめぐる新規治療法の可能性が、第53回日本リウマチ学会で議論された。同じ自己免疫疾患である関節リウマチ(RA)治療に視線が集まる中、SLEの治療は数十年前からステロイド療法中心という状況は変わっていない。最近、B細胞を標的とする治療法として、抗CD20抗体「リツキサン」など、SLEに対する生物製剤の可能性が検討されてきたが、ほとんどの臨床試験は失敗に終わった。ただ、新規生物製剤として、B細胞の産生をブロックする「アタシセプト」と「ベリムマブ」が第III相試験段階まで開発を進めており、その可能性に期待が高まっている。両薬剤の臨床試験成績によっては、SLEの治療革命への道筋が見えてくる。
抗CD20抗体「リツキサン」、第III相試験で脱落
SLEはその複雑な病態から、未だに治療ガイドラインが存在せず、急性期診断・治療のためのアルゴリズムが唯一の治療指標となっている。特に難治性SLEの治療選択肢は少なく、大量ステロイド療法、免疫抑制薬が推奨されているが、国内で保険適用されているのはステロイド剤のみで、大量ステロイド療法だけでは治療に限界がある。
そこで、難治性SLEの新規治療法として、B細胞を標的とした抗CD20抗体「リツキサン」の臨床試験が注目を集めてきた。ところが、国内で実施された第I/II相試験では、14例中9例で有効性が認められたものの、米国で行われた第III相試験「EXPLORER試験」では、明らかな効果を示すことができなかった。また、米国でループス腎炎を対象に、リツキサンと免疫抑制薬の併用効果をみた第III相試験「LUNAL試験」も、効果不十分で失敗に終わった。
さらに、ヒト化抗CD20抗体「オクレリズマブ」、ヒト型CD20抗体「オファツズマブ」についても、難治性SLEを対象とした臨床試験が中止に追い込まれ、相次ぐ第III相試験の失敗で撤退ムードが広がっている。
田中良哉氏(産業医科大学第1内科)は、SLE対象の臨床試験が失敗した理由について、腎症と中枢神経症状を除くなど、登録症例の問題、プロトコールデザインの問題、有効性を評価する「BILAGインデックス」の問題を指摘した上で、「一部の症例には非常に有効であり、何とかSLEにリツキサンが使える方向に持っていくため、国内試験を行っていきたい」と語った。
CTLA4製剤「アバタセプト」、主要評価項目満たさず
一方、T細胞を標的としたCTLA4‐Ig融合蛋白製剤「アバタセプト」についても、SLE治療の可能性が検討されている。SLEを対象とした「アバタセプト」のプラセボ対照二重盲検第II相試験は、主要評価項目をステロイド減量後の再燃と設定し、ステロイド薬との併用によるアバタセプトの有効性が検討された。評価はBILAGインデックスによって行われている。
その結果、主要評価項目である1年後に再燃した患者の割合は、アバタセプト群79・7%、プラセボ群82・5%と明らかな差は見られなかった。ただ、主治医判定でみると、再燃した患者の割合はアバタセプト群で63・6%、プラセボ群で82・5%、さらに多関節炎のあるサブグループでは、アバタセプト群57・1%、プラセボ群84・4%と有意な差が見られた。1年後のQOL改善度や疲労、睡眠障害スコアも改善されることが分かった。
有害事象の発現率は、アバタセプト群90・9%、プラセボ群91・5%と同じ頻度だったが、重篤な有害事象はアバタセプト群19・8%、プラセボ群6・8%とアバタセプト群で高い傾向にあった。
SLEを対象としたアバタセプトの第II相試験は、主要評価項目と副次評価項目のいずれも達成できない結果に終わったが、主治医判定による事後解析を行ったところでは、アバタセプト群の再燃率がプラセボ群に比べて有意に低い結果が得られている。
これらの成績を踏まえ、竹内勤氏(埼玉医科大学総合医療センターリウマチ・膠原病内科)は、「SLEは病態が複雑な上、BILAGスコアはカテゴリーがバラバラで評価項目としては問題」と課題を指摘。SLEは現在も3種類しか治療薬が存在しないことを挙げ、「ステロイド療法にある程度見切りをつけ、転帰を指標とした評価と、長期QOLを改善できる薬剤が必要だ」と強調した。
「アタシセプト」「ベリムマブ」、B細胞産生を阻害‐第III相試験の結果待ち
SLEを対象に実施された各種生物製剤の臨床試験は、第II/III相段階で失敗が相次いでいることから、落胆ムードが広がっている。しかし一方で、第三世代とも言える新規生物製剤の開発が第III相試験まで進んでおり、難治性SLEの治療にブレークスルーを切り開くのではないかと期待が集まっている。
その一つが、米バイオ企業「ザイモ・ジェネティクス」が開発したヒトTACI‐Ig融合蛋白の「アタシセプト」だ。アタシセプトは、B細胞の生存と成熟に必要な因子BAFF/APRILを中和する可溶性受容体の融合蛋白として作用する。これまでの研究から、SLE患者では血中BAFF/APRIL濃度が高い値を示し、疾患活動性と自己抗体価が有意に相関していると考えられ、BAFF/APRILの過剰産生がB細胞の自己寛容の破綻に深く関わっていることが明らかになった。
そのため、アタシセプトがSLEに有効ではないかと、活動期SLE患者49人を対象に、アタシセプトの第Ib相試験が行われた結果、B細胞数を60%減少させ、免疫グロブリン量を45%低下させることが分かった。第Ib相試験で非常に良好な結果を得たことから、アタシセプトの開発は第II相試験をスキップし、ザイモ・ジェネティクスでは現在、メルクセローノと共同で、ループス腎炎患者500人を対象とした第III相試験が実施中だ。今秋には結果が発表される予定で、成績に注目が集まっている。
新規生物製剤として、もう一つ注目されているのが、米バイオ企業「ヒューマン・ゲノム・サイエンス」が開発した完全ヒト型BAFF抗体「ベリムマブ」。SLEなど自己免疫疾患に関わるBAFFに対して、中和抗体として作用する。ベリムマブもアタシセプトと同じ理論で臨床試験が計画され、既にSLE患者449人を対象に行われた第II相試験では、B細胞数を60%減少させると共に、6カ月以降の再燃までの期間が有意に改善されるなど、良好な成績が得られている。
この結果を受け、ヒューマンは、英グラクソ・スミスクラインと共同でSLE患者1700人を対象とした大規模第III相試験を実施中で、既にベリムマブの投薬がスタートしているという。アタシセプトと同様に、ベリムマブの第III相試験結果も、一部が今秋にも発表される予定になっており、その成績が期待されるところだ。
急がれるSLEの新規治療法確立
SLEの治療薬は、現在もステロイド薬、免疫抑制薬など3種類しか存在せず、その複雑な病態もあって、長く治療法の進歩が見られていないのが現状だ。こうした中、B細胞を標的とした新規生物製剤の有効性に注目が集まり、一部のSLE患者で画期的な効果を示したものの、ピボタル臨床試験での結果は惨敗に終わった。相次ぐSLEに対する臨床試験の失敗は、逆にSLEの病態の複雑さや評価法の問題点などを浮き彫りにした格好だ。
しかし、新たな可能性として、B細胞の生存と成熟に欠かせないBAFFなどをターゲットにした「アタシセプト」「ベリムマブ」が、SLEを対象とした第III相試験まで開発を進めていることで、SLE治療のブレークスルーとなる可能性を残している。
アタシセプトとベリムマブは、リツキサン抵抗性のSLEにも効果を発揮すると言われており、アタシセプト+リツキサンの併用療法など、臨床試験で結果が否定されたリツキサンも新たな治療法を確立できる可能性が開けてくる。生物製剤の登場で革命的な治療法の進歩を見たRAに比べ、SLEの治療法は数十年前とほとんど変わっていないだけに、生物製剤の次なるターゲットは、治療法のない自己免疫疾患へと移っていくことになりそうだ。